手談〜杉村興作先生を偲ぶ〜

先日弁理士でPA会囲碁同好会の会員であった杉村興作先生が99歳で逝去されました。興作先生は2016年から約1年間例会に参加して対局を楽しんでおられました。

興作先生は70歳頃に一度囲碁を辞めた後に90歳を過ぎてから囲碁を再開されプロ棋士のレッスンを受けながら当同好会でも対局を楽しんでおられました。90歳を過ぎて対局できること自体驚きでしたが、それだけではなく1年間で私にもはっきりわかるほどに上達されました。興作先生が上達する様子は、自分たちでもまだ強くなれるのかもという希望を私たちに持たせてくださりました。

そこで今回は、杉村興作先生の追悼記事として、興作先生の過去の対局を先生の着手に着目して紹介したいと思います(なお今回紹介する対局は過去の記事で紹介しています)。

囲碁には「手談」という別名があります。これは、両対局者が会話を交わさなくても着手を通じてお互いの意図を把握しようとする様子を表しているためと言われています。今回の記事が、泉下の興作先生との対話の一助になれば幸いです。

さて対局の紹介です。今回紹介する対局は、興作先生とkat会員との19路盤3子局です。興作先生はkat会員を非常に気に入っていて、顔を合わせるたびにニコニコしながら近づいて対局しようと誘っていました。この位の地位及び棋力の方であれば石を置かせる相手と打ちたがらない人も少なくないのですが、興作先生はkat会員との対局を非常に喜んでいました。

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第1譜(1〜29)

右上隅で白が得をしましたが、やはり3子のハンデは大きくまだ黒優勢です。そこで白の興作先生は27と打ち込んだ後に29と打って自分の地を増やしながら相手の地を減らしにかかるという目一杯の頑張りを見せました。

この頑張りは、ハンデの分を挽回しようという手でありますが、同時に下手(ハンデを与えている対局者)の力量を試している一手なのです。ここで興作先生は「さぁkat君、どう打つんだ?」と問いかけているのです。

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変化図1

白27で「い」と打てば無難でこれで白が悪いというわけではないでしょう。しかし黒に「ろ」と打たれると右辺が大きくまとまりそうな感じです。この図では物足りないとみて実戦のように打ったのです。

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第1譜(数字なしで再掲)

先の第1譜を再掲します。変化図1と見比べていただければ白が如何に頑張っているかお分かりいただけるかと思います。白27と打つことで右辺の黒地を消しながら、白29と打って下辺を白地を広げながら右下隅の黒地に侵入しようという手なのです。

ハンデのない対局では無理気味ですが今回は3子局。興作先生はこのように打って相手のkat会員との「手談」を試みたのです。

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第2譜(1〜57)

第1譜からのやりとりでは白の頑張りが功を奏しました。黒56まではいい勝負です。黒56のアタリに対して興作先生はつながずに57と打ちました。これは相手の手に乗らず中央を大きく広げようというスケールの大きな一手です。「アタリされたからといって反射的に(囲碁用語で「手拍子」と言います。)繋いだりしてはならない。盤面を広く見よ。」とでも言っている様な一手です。

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変化図2

もし黒が「い」とアタリの箇所を取れば、白は「ろ」あたりに打つでしょう。そうすると下辺から中央が大きく盛り上がってくるのがお分かりいただけると思います。対局していると部分的なやりとりに拘泥してしまうことがありますが、この様に盤面全体を見渡せるのは重要であることをこの手は教えてくれます。

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第3譜(1〜91)

第2譜から黒は下辺の白地が大きくなっては困ると判断して下辺に侵入してきました。白の興作先生は果敢に侵入した黒を攻めました。そこで白91の一着が出ました。この一手で下辺の黒は苦しい生きを強要されます。興作先生は、盤面を広く見ることも重要だけど同時に局所的な急所も見逃してはならない、というメッセージを送ったのだと思います。

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変化図3

黒「い」「は」でこの下辺の黒一団は生きることができますが、先手を取った上に△の2子を取る手を残しました。

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第4譜(1〜201)

白は上辺と下辺を大きくまとめて優勢になりましたが、最後に白201のトドメが出ました。これで左下隅の黒は憤死しました。

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変化図4

白201の地点(「い」)に黒が打てば左下隅の黒は○に眼を持つことができるので生きられます。興作先生はここでも妥協せずに急所に打ってきました。

今回この記事を書くにあたって再度今回の対局を検討しましたが、94歳でここまで打てるというのは驚き以外の何者でもないと改めて思いました。

興作先生は故小川誠子プロに指導碁を打ってもらっていたそうです。今頃泉下で小川プロに教えてもらっているでしょうか? 今後は泉下から私たちPA会囲碁同好会の活動を見守りください。



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