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牛床仮靴が産まれた経緯

このnoteの一番初めの記事で触れた「牛床仮靴」について今一度きちんと説明したい。

靴修理の店をやっていたころ革を買いによく行っていた浅草橋のタカラ産業で牛床を見かけて知った。牛床とはベンズを薄く漉いた時の使わない床面の方の革のこと。半裁で1000円〜1500円とかなり安くなんとなく手に取ったのだと思う。その後鞄のハンドルやショルダーベルトの修理や鞄を作るときに参考にしたレザークラフト技法辞典という本で牛床を芯として使われることを知る。

靴を作るときパターンチェックをするときの試しのアッパーを作るときに安い革を使っていたのだがなんとなく牛床でパターンチェックの試しのアッパーを作るようになった。5年くらい前から自分の足に合わせた靴を作るため木型を削っていてその仮縫い靴として初めて牛床で靴を作る。あくまでも仮縫い靴なのでとりあえず靴の形になっていれば良いとのことで底付けも綺麗に仕上げることはないとりあえずのフィッテイングチェック靴だった。当時靴修理の店をやっており経営状態が悪くなかなかプライベートで靴を作る気にもなれず自分の足に合わせた靴を作ることはほとんど進まず中途半端な状態のままだった。

Instagramを遡ってみると
初めて牛床でアッパーを作ったのは2019年9月9日

2020年2月辺りからコロナウイルスの話題がラジオから多くなってきて2020年3月末に政府が4月から緊急事態宣言とのことで世界の雰囲気がどんどん変わりはじめた。前述の通り経営状態が悪いまま特別給付金を貰える条件ではない状態で店を続けることは無理だと判断し廃業を決めた。皆がステイホームだのおうち時間だの言っている間毎日店に通い毎日廃業作業をしていた。6月末日全ての作業が終わり物件をスケルトンにし大家に引き渡しを終えた。知人の伝で7月半ばから正社員として靴修理の会社に勤めることが決まった。

店を持たない開放感から心にかなり余裕が出来放置していた自分の足に合わせた靴作りを再開した。当初は黒のカーフでオックスフォードキャップトウを作るつもりだったがあまり気分が乗らず木型に色々ラインを引いていてこれだと思ったデザインがアデレードを上に乗せたサドルみたいなUフロント。このデザイン出しをしている時に今後はオックスフォードキャップトウやドーバータイプなどオーソドックスかつトラディショナルなどこのブランドでも作っているデザインで靴を作ることはやめようと思いはじめていた。黒のカーフで作るつもりだったがなんとなく面白味を感じず、廃業した時に知人から貰ったアルプスカーフというオレンジのような金木犀の花の色をした革を使った。

Alps Calfを使って作った靴

木型が決まりデザインが決まったら次は型紙、パターンチェックの靴を作る段階に。ここで牛床で仮縫い靴を作ることになる。どうせならちゃんと履ける靴にしようと中底は革を使いソールは強化スポンジのアイボリーで積み上げはEVAと簡易的でも少しは見栄えがマシになるように作った。牛床のピンクベージュと強化スポンジのアイボリーの相性が良くこの仮縫い靴をきっかけに次に靴を作るときも牛床でアッパーを作り底回りは強化スポンジのアイボリーで仮縫い靴を作ろうと考えはじめた。一足目の牛床仮靴はまだ牛床そのままでウエルト無しのソール直貼りでシャンク無しの本当に簡易的なもの。革の伸びか何かでUの位置が左右違う。

2021年4月

次に作った靴は学生の頃に作ったギリーのブーツを前述のアルプスカーフを使って再び作った。この靴は仮縫い靴を作らなかったので牛床仮靴はない。

Alps Calfを使って作ったGhillie Boots

以前から履き口の広い靴を作ってみたいと思っていた。デザインが決まり牛床で仮靴を作りシャンクも入れ今回はウエルトを巻いてソールは強化スポンジの白を使ってみた。製法は接着のみのセメンテッド製法。とても気に入っているデザインだが紐靴ではなくスリッポンになってしまい紐靴の木型では履いて歩くと靴が脱げてしまう。木型がまず違うという根本的問題により今度こそ黒のカーフで作るつもりだった本番靴をお蔵入りにすることにした。牛床の色そのままの仮縫い靴も良いがなんとなくペイントしたら良くなるんじゃないかと思い白ペンキを買って牛床に塗ってみるもいまいちペンキの乗りが悪い。靴修理の店をやっていた頃に買った鞄のエッジペイントを使ったらどうかと塗ってみたらエッジペイントの乗りがすごく良くその白の感じがまた良くて一気に塗り上げた。乾いた状態も良く履いて歩いて皺が出来そこのペイントが剥がれてもそれはそれで良い気がした。これが牛床仮靴の方向性がほぼ決まった靴になった。フィッテイングにかなり問題があるから甲に革を挟み固定し踵腰裏に裏革を当て履いて歩いて踵が抜けない状態にした。

2022年3月

次作の課題はライトアングルステッチを取り入れる靴で黒のカーフを使うこと。前回の牛床仮靴で爪先のボリュームが気になり少しおさえ踵回りももう少し小さく削った。デザインはアルプスカーフで作った一足目の応用でサドルタイプのUフロント。牛床仮靴の仕様は中底は3ミリ厚のミッドソール用のショルダー、ウエルトはギザが付いた物のギザ面をギザがほんの少し残る程度に漉いた物で一周のダブルウエルト、ミッドソールは3ミリ厚の合成板に踵部分歩留まりのレザーと白の5ミリ厚強化スポンジ、ソール接地部分に4ミリ厚のSVIGサザナミシートを貼りそのサザナミ柄をフィニッシャーで削り落とし、EVA積み上げに白のタフリフト。製法はミッドソールまでマッケイ縫いで強化スポンジは接着のみ。本番はデュプイの黒のカーフで作ったのだが羽根の位置が悪いのか足入れがきつくサドルの羽根の付け根に強い負担がかかり裂けてしまった。牛床仮靴の方ではここの部分に問題は無かった。結果、牛床仮靴の方ばかり履いている。

2022年9月
2022年10月

この三足目で牛床仮靴が完成形となりあとはエッジペイントの色を変えたりしても良いし製法は何だって良い。次作はハンドソーンウエルテッド製法で作るつもり。

この牛床にペイントした仕上げ、革好きが求める革の魅力はないし磨いて光らせることも出来ない。靴クリームやワックスも必要ない。汚れたら汚れを拭き取るか再びペイントをする。汚れは靴用のクリーナーでも良いが中性洗剤を水で薄めて布に含ませて汚れを拭き取っても良い。何ならスプレータイプのウタマロクリーナーを使っても良い。革製品を愛でるメンテナンスの楽しみはない。

知人と話していてかつて第二次世界大戦の頃のミリタリーブーツでガラスレザーみたいな革は質の悪い革の表面をペイントして作った革で作られたと聞き自分がやっていることと似ているとも思った。H.KATSUKAWAのニベ革の靴もまた似たような感じもするが仕上げや方向性の違いで別物であると思っている。白ペイントにしてもマルジェラの斑のある白ペイントブーツがあるしそれをヒントにし白ペイントをしたわけだがマルジェラと同じ斑のあるペイントではなく違うものとして表現している。何かに似ている何かからヒントを得ている何かから影響を受けている、しかしそのどれでもない自分のオリジナルを表現出来ていると思っている。特別な高額な材料珍しい材料を使っているわけでもなくどこでも誰でも簡単に手軽に安く手に入る材料だしそういう手に入りやすさやお金をかけないことで作り続けられ失敗もしやすい。


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