とりあえずわかった答え
Q.なんでお前が生きてんの?
この言葉は数年前、中学、高校の同級生の葬儀で私が心の底から憎んだ人間から発せられた言葉だ。2月の甘い匂いが通り過ぎた頃だった。
「確かに。」
という納得とは裏腹に沈黙でしか返すことができなかった(あるいは無視をしたと捉えられる態度であった)。
ところが最近その言葉へのアンサーがおそらく最も自分が納得いく形で落とし込めた気がする。
死んだ友人はある程度人気のある人だった。
世渡り上手で帰宅部なのにある程度運動もでき面白いジョークも言えて世渡り上手でありながらめちゃくちゃ悪い奴だった。
「友人」と言っていいかもわからない。
同じ時間を過ごすことはあっても彼からの何気ない蔑視を感じていたし後日、彼が私を成りすましたアカウントをmixi上で作っていたことも発覚した。彼にとって私は弄り甲斐のある人間だったろう。私はなんで葬儀に行ったのだろうか。
何故人気のある彼が死んで私が生きているか?
その比較は過去のスクールカーストをもってすればさも当たり前かのような問いなのかもしれない。
地球に生まれた生態系のごくごく一部ということ以外は人類が意味付けをしたがるだけで
なんで生きてるか?なんてほんとはどうでもいい。
「なんでお前が生きてるの?」
それに対する答えは1つだ。
私は彼より運が良かった。
だから生きている。
これは私に限ったことではない。
今生き残っている全ての人はたまたま運が良くて生き残っているのだ。
それは個人の努力でなんとかなるとかそういうレベルを遥かに超えている気さえする。
阪神大震災、3.11、コロナが蔓延する現在でもまだ生きてる。交通事故や通り魔事件や野生動物や病気によってもまだ死んでない。
私は“まだ”運がいいから生きている。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?