第10話 シグナル
山道に入った3人。
「あぁ…足が重い…」
つみきちゃんが疲れた声を漏らす。
「だね。でももう、歩みを止めたら歩けなくなっちゃいそうだよ」
あかりも同意するように息を切らせている。
「そうなったら、俺が背負ってあげるからね☆」
ヨウヘイがニカッと笑い、親指を立てる。
「ヨウヘイくん、いいとこあるじゃん」つみきは茶化すように返す。
「ま、運賃はあとで請求させて頂きますけど」
「お金取るんだ…」あかりはボソッとつっこむ。
「俺とデートしてくれたらチャラにしてもいいけど」
「じゃあいいです~」
つみきちゃんは手をひらひらと振ってヨウヘイをあしらう。
「えぇぇ、じゃあこういうのはどう?」ヨウヘイがつみきちゃんの背中を押す。
「結構いいかも!ぐんぐん進む!」「くじらちゃんもほらっ」
つみきちゃんはあかりが前に来るように誘導し、あかりの背中を押す。
「ほんとだ!これは楽だね」
ヨウヘイがつみきちゃんの背中を押し、つみきちゃんはその力を受けてあかりの背中を押した。3人は一体となって、縦に連なって山道を登る。
「これは革命!俺が生み出した革命!」ヨウヘイは小さい子供が自分のお手柄を自慢するように、どうだあといった様子で山道を登る。
3人の電車ごっこのような山登りに、周りからの視線が集まる。
「…でも、ちょっと恥ずかしいね」
「うん」
「それに俺が超しんどい」ぜえぜえと息を吐くヨウヘイ。
革命は一瞬にして終わった。
*
山道に入ったばかりの3人は、まだ冗談をいう元気があったが、徐々に口数が減りつつあった。お調子者のヨウヘイの口数が減ったことで、自然と2人も口数が減っていった。
坂道で一段と身体が重たく感じるようになったヨウヘイは精神的にも体力的にもかなり追い詰められていた。
やべぇ、キツイ…。男子のオレなんかより、女子たちはタフだな。足も痛ぇのに、これでまだ半分なんだよな。あー無理かも。200kmなんて無理ゲーなんだよ。
そして、ヨウヘイは今までの人生を頭に浮かべる。
湘南生まれ、湘南育ち。俺は昔から勉強はできなかったし、スポーツも微妙だった。勉強は30分も机に座ることができなかったし、野球部に入っていた頃は毎日100回素振りをする!と決めて4日目で挫折した。俺は努力すらできない甘ちゃんだ。
でも唯一、ギターだけは続いている。青のカケラは幼なじみバンドで、ガキの頃はいつも5人で遊んでた。ボーカル、ホノカのお父さんは大の音楽好きで、ホノカの家にはドラムから、ギター、ベース、なんでも揃っていた。俺たちはよくホノカの家に遊びに行って、音楽で遊んだ。
小3の時、ホノカのお父さんの一声でバンドを結成することになり、俺はギターを選んだ。はじめて演奏したのは「カントリーロード」。地域の夏祭りのステージに立った。今思えば、すげぇ拙い演奏だったと思うけど、曲を終えて前を見ると、みんなが笑顔で拍手をしてくれてた。ヒュー!とか口笛吹かれちゃったりして。その時の感動といったら。自分がスターにでもなった気がした。
何も続けられない俺だけど、ガキの頃から遊びがてら触っていたギターだけは弾けるようになった。あの頃は練習っていう概念もなく、みんなで夢中で楽器で遊んでた。今でも練習は嫌いだし、メンバーに怒られまくりだけど、幼なじみの居心地の良さでなんとなくここまで続けてこれた。
足の裏の痛みを感じながら、ヨウヘイの心の中で葛藤が続く。「あー、きちぃ」「リタイヤしたらメンバーに怒られるかなあ」「つみきちゃんたちの前でリタイヤなんてかっこつかないよな」
大人しくなったヨウヘイの異変に気付いたあかりは「ヨウヘイくん、大丈夫?」と声をかける。
「結構やべぇ。きてるね、これは」
「あと500m先くらいに休憩所があるから。そこで一旦休憩しない?」とあかりは提案する。
「そうだね、一旦ちょっと、水飲んで、足を休めよう」つみきちゃんも同意した。
ヨウヘイは心の中で「やべー この2人はリタイヤする気は微塵もないんだろうな」と思う。
休憩所までの道中もヨウヘイは「休憩所についたら、もう俺、ここでリタイヤするって言おうかな」「2人に先に行ってもらってリタイヤするか」「だってもう足の裏が痛くて仕方ないんだもん」「もう十分頑張ったっしょ、俺」と考えながら黙って歩く。
*
休憩所についた3人。
簡易テントに設置されたベンチに腰を下ろし、水を飲んだり、補給をしたり、足を伸ばして、しばし休憩する。あかりは汗ではがれかけたテーピングを新しく貼りなおす。
「足、大丈夫?」とつみきちゃんが聞くと、
「うん、まだ大丈夫そう」とあかりが返す。
「テーピングってどう?効く?」
「うん、結構楽だよ。なんか気持ち的にも、補強された感じ。もしかして、つみきちゃんもどこか痛かったりする?」
「実は山に入ってから足の裏が痛くて」
「あぁ!わたしも足裏痛くて、足裏のテーピングも教えてもらったから。やってあげるよ」ほらっとあかりは足裏のテーピングを見せる。
そして、つみきちゃんに足裏のテーピングをしてあげた。
「これでよしっと…!」
「ヨウヘイくんは?どこか痛いところない?」
あかりに聞かれたヨウヘイはリタイヤすると言いたいが、言い出せない。
「う…うぅん? 俺も実は足裏めっちゃ痛くて。あかりちゃん、つみきちゃんにやってあげたやつ、俺にもやってよ~」
つみきちゃんは「ヨウヘイくんは自分でやりなよ。やり方見てたでしょ」とテーピングを差し出す。
無事、ヨウヘイもテーピングを終え、
「じゃ、そろそろ行きますかぁ!」とつみきちゃんが立ち上がる。
「あ、その前に写真!写真!3人で撮ろ!」つみきちゃんは恒例の休憩所ショットをTwitterに投稿した。
「これでよしっと…!」
ヨウヘイは何か言いたそうにしているが、言い出せない。そんなヨウヘイの様子がおかしいことに気付いたあかりは「ヨウヘイくん、どうしたの?」とこそっと声をかける。
「いや…流石にちょっと疲れてちゃって」
とヨウヘイは答えるが、心の中では「『俺はここでリタイヤする』なんて言い出せないよなぁ」と葛藤が続く。
ヨウヘイの曇った表情を読み取ったあかりは、
「そっか… じゃ!!」とヨウヘイの後ろにまわり、ヨウヘイの背中を押した。
「えぇ?またそれやるの?」つみきちゃんは「えぇー」と言いながら、つみきちゃんはあかりの後ろにまわって、あかりの背中を押した。
ヨウヘイ、あかり、つみきちゃんがまた一体となって進む。
少ししてつみきちゃんが「あぁ、ちょっとこれ最後尾キツイわ」といって、あかりはつみきちゃんと場所を交代した。
ヨウヘイは2人に背中を押されながら、「くそお!もうちょっと…もうちょっと頑張るか」と思った。
そしてヨウヘイはおもむろにスマホを取り出し、音量をマックスにして音楽を流した。
音楽が流れるとやっぱり元気がでる。3人は拳をつきあげ、大声で歌う。
ヨウヘイは歌う3人の様子を動画に撮り、青のカケラのInstagramのリールに「しゃ!!!もうちょっとがんばりますか!!!」と投稿した。
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