第7話 初めてのワガママ
ドタッ!
あかりは遂に暗い田舎道で倒れてしまった。
あかりが倒れてどれくらいの時間が経っただろうか…
「…ちゃん!くじらちゃん!!!!」
あかりの身体は激しくゆすぶられていた。
あーなんだか懐かしい声がする。ずっと前に聞いた声。あかりは夢を見ているような感覚でその声に耳を傾ける。やっとつみきちゃんと合流できたのかな。なんだか、ここまで必死に歩きすぎて何がなんだか分からないや…。
「くじらちゃんってば!」「ねえ本当にヤバいよ」「本部に電話して…!」
夢見心地のあかりとは裏腹に、何やら切迫した声がする。あかりはどうしたんだろうと重たいまぶたをゆっくりと開ける。
すると、まずぼんやりとしたあかりの目に入ったのは生々しい胸の谷間だった。
あれ?つみきちゃんはこんなにも巨乳だっただろうか。
それにしてもどういう状況だ…?
頭を動かそうとすると、綺麗にカールされたまつげの目と目が合う。
「あ、良かった!気が付いたみたい!」
「くじらちゃん、ここどこだか分かる?」
ようやくあかりの目のピントがあう。目の前にいる人の顔が分かった。完璧に化粧された華やかな顔。目の前にいるのはゆい姉だった。
「えぇっと…ずっと一人で歩いてて…」
暗い夜道をひたすら歩いていた記憶はあるが、それがどうしてこうなったか分からない。
「くじらちゃん、ここで倒れてたんだよ!マジびっくりした。死体が転がってるのかと思った」
「もしかしてスタートからずっと歩いてたの?」
「はい…」
「ったく揃いも揃って 若者は…」
あかりは“揃いも揃って…?”“若者は…?”どういう意味だろうと思っていると、
ゆい姉の後ろから「え、ゆい姉っていくつなんですか?」と男子の声が聞こえる。真っ黒な服を着ていたから気づかなかったが、KamiUra.のゼッケンをつけた男の子がそこにいた。
「バァーカ。レディーに年齢を聞かないって学校で教えてもらわないわけ?」
ゆい姉はKamiUra.を小突いた。コラボ動画を撮っていたのは知っていたがゆい姉とKamiUraは一緒に走っていたのか。
「ほんと、このコもこのコで無茶して道端でグロッキーになっていて」
「がむしゃらに進めばいいって訳じゃないんだから」
あかりはようやく、自分が倒れているところをゆい姉とKamiUra.に助けられたのだと理解した。
「すみません…。ご迷惑をおかけしました!!」
起き上がろうとするあかりだが、身体に力が入らない。
「ちょっと!無理だって」
よろけるあかりを支えるゆい姉。
「さっきヤバいと思って本部に連絡したら、救護班が迎えに来てくれるって。まあ車に乗ったら脱落ってことになっちゃうみたいなんだけど…仕方ないよね?」
突然突き付けられた脱落という言葉に目を見開くあかり。
「脱落?脱落なんてしたくありません!」自分でもビックリするくらい大きな声が出た。
その勢いにゆい姉も少しビックリしつつ
「まあ気持ちは分かるけどさ。もう自力で立つのも難しいくらいなんだから。リタイヤは仕方ないんじゃない?」といなそうとする。
「もう少しここで休んだら歩けるようになると思うので。私は大丈夫です!」
「助けて頂いてありがとうございました!」精一杯元気な声で、礼儀正しくお礼を言うあかり。
「私は大丈夫なので、先に行ってください!」
ここまで歩いてきて、脱落なんて。やっと変わろうと思って踏み出した一歩だ。このままじゃ終われない。それに沢山のリスナーさんにも応援してもらっている。やっぱり歩けませんでした、なんて報告はしたくない。
「そう言われても…」ゆい姉は困った顔をする。こんな真夜中に女の子をひとりで置いておくわけにはいかない。
「KamiUra.、次の宿まではどれくらい?」
「えーと…1.2km先ですね」KamiUraはスマホを見ながら答える。
「ああ、もう仕方ないな。KamiUra.右持って」
あかりはKamiUra.に右肩を、ゆい姉に左肩を支えられて、立ち上げられた。
ゆい姉の予想外の行動にビックリするあかり。
「すみません、大丈夫です!2人に迷惑をかけるわけには…」あかりは身体をわずかに前傾させ、2人に支えられている肩から抜け出そうとする。
「大人しくしてな!ひとりでダメな時は誰かを頼らないと!」
ゆい姉にピシャリと言われて、腕をしっかりとロックされたあかりはそれ以上、何も言えなくなってしまった。
「すみません…」
ゆい姉はスマホを取り出し、もう一度本部に電話をかけた。
「あ、黒峰ゆいりですけど、すみません、先ほどの件…本人が起き上がって宿まで歩くって言ってるんでとりあえず70km地点付近の宿まで連れてきます」
ゆい姉の姿はTikTok上の姿とは違って、やけに大人っぽく見えた。
ゆい姉の電話が終わると、あかりはもう一度「すみません…」と困った顔で謝った。
あかりは小さい頃から、人に迷惑をかけることは徹底的に𠮟られて育った。「ワガママな子はいらない。ワガママな子は川に捨てるよ」小さい頃、母親によく言われた言葉だった。私は今、自分のワガママで2人に迷惑をかけているんじゃないか…。ここで大人しくリタイヤするべきだろうか。人に迷惑をかけたらいけない。リタイヤするか、なんとか私ひとり、ここに置いていってもらえたら…。
「こういう時はね、ありがとうって言うの」
「ま、私もスタートの時にくじらちゃんに写真撮ってもらったしね!これでwin-winよ」
そういって、ゆい姉はあかりの左肩を支えながら前に進む。どうやら、ゆい姉の中で次の宿泊所まで運ぶというのは決定事項らしい。
あかりはまだ困った顔で、「あ、ありがとうございます」と言って大人しく2人の肩に身をゆだねた。
あかりはこんな風に人を頼ったのははじめてかもしれないな、と思いながら2人に引きずられていった。2人と接している肩や腕から人のぬくもりが伝わってくる。
ゆい姉はあかりを引きずりながら、左手の平にある赤黒い跡を見つけ、そっと撫でた。
*
200kmマラソン2日目 午前9:00ー。
「2日目が始まりましたね」
BLUE STAGEオーディションのプロモーター安藤まさる(43)がモニターを見ながら言う。
「いやぁ、今日も暑い1日になりそうです。既に約半数が脱落したそうですよ」
BLUE OCEAN所属の音楽ディレクター、弦田広大(51)がハンカチで額の汗をぬぐいながら答える。
「えぇ?半分も?僕の推しのKamiUra.は!?」慌てた様子でモニターにKamiUra.の姿を探す安藤。
「大丈夫ですよ」ほらっ、とモニターの順位を指差す弦田。
安藤はKamiUra.が10位タイで、ランキングに入っているのを確認してホッとした。
「KamiUraが落ちたら洒落にならないっすからね。彼は30年に一度の天才ですよ。こんなオーディションなんて無視して、彼が中学生のうちに天才中学生だって売り出したいくらいです」と息巻く。
そして改めてモニターの順位を見ながら
「弦田さん、1位のё-BeLって知ってます?」と尋ねる。
「いやあ、私もあんまり知らなかったんだけどね。HIPHOP系の女性ソロアーティストで。とにかく強気なんだよねぇ。Twitterでも『300組中私だけ見てればいい。あとは全員go to hell』って投稿したり、参加者に一方的にラップバトルを挑んで、その様子をTwitterにあげて、注目度をあげているようです」
「へぇ~」安藤はこりゃ強烈…ё-BeLのTwitterを見ながら言う。
「2位のLuminousってのはどんなアーティストなんです?」
「東京でそこそこ有名な女性地下アイドルなんですけど。実力派ですよ。私も何回かアイドルフェスで見たことあるんですけど、全開ダンスが魅力です。ステージ踏んで来てて、全員かなり歌えます。今回、事務所を辞めて参加してきてるみたいで、気合い入ってますよ。」
「はー、可愛い顔して実力派なんだ。あ、3位の桜田はなちゃんは僕も知ってますよ。今回、知名度でいうと参加者の中でTOPなんじゃないですか?」
「そうですねぇ。はなちゃんを知らない人はいないんじゃないかってくらい、6年前のドラマと主題歌は大ヒットしましたから。子役ブームが去って、しばらく姿を見てなかったですけど。いつの間にか中学生になってたんですね。」
「成長したはなちゃんの姿に僕も思わずいいねを押しましたよ」
「ははは。こう見ると上位3組は、いいねによる距離短縮でぶっちぎっていますね」
「うーん、今のところ、SNSの使い方が上手い女の子勢が強いですね。弦田さんは気になっているアーティストいるんですか?」
「私は…昨日の走りをみていて、今4位にいるTHE PRIDEの姿にぐっときちゃいましたよ。平均年齢38歳の3ピースロックバンド。なんか執念を感じる走りでねぇ。今、10位以内の中で唯一、いいねによる距離短縮を使わずに自力で走ってきていて。あ、ちょうど今90km地点を通過したのがそうです!」
「あ、この赤髪の人!冴島さんが第0ステージの説明をした時に食ってかかった人じゃないですか?『俺はマラソンをしに徳島から来たわけじゃないぞぉ』って」
「そうだったかもしれません。今回のオーディションに並々ならぬ想いで、参加してきているんでしょうね」
「2日目、どんなドラマが起きるのかー。楽しみですね」
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