第18話 BLUE FES開幕!
雲一つない青空の下、BLUE FESのゲートをくぐる来場者たち。各ステージには人が集まり始めていた。
5つのステージの中でも、今回のフェスでのメインステージ、BLUE STAGEには既に大勢の人が詰めかけていた。その中に、つみきちゃんの姿もあった。人混みをかき分けながら、つみきちゃんはなんとかヨウヘイくんが見える位置を確保した。
BLUE FESの様子はミレバTVでも生中継されており、ぐんぐんと同時接続数のカウンターが伸びていく。すでに配信には5400人が集まっている。
「おお、結構現地に人いるのな」
「マジのフェスじゃん。金かかってるね」
「どんな子たちがいるか、楽しみ」
コメント欄もこの大規模オーディションの行方に興味津々、といった感じだ。ステージセットや規模感も人気フェスにも引けを取らず、観客の期待も高まっている。
*
「おはようございま~す」
ミラクはメイクを終え、本日のスタジオとなるモニタリングルームに入ってきた。審査員席に着くと、机には参加者についての分厚い資料が置かれており、ミラクは<すっごい量…>と思いながらペラペラと資料をめくった。
そして、BLUE FESのタイムテーブルのページを見つけると、少し真剣な表情である名前を探した。そして、くじらNo.1972の名前を見つけると、ミラクは満足そうに頷いた。
*
11:00 になった。
メインステージで、青のカケラのボーカル、ホノカが第一声を放った。
同時に「パァン」と同時に銀テープが放たれる。BLUE FES 開幕…!
ホノカの歌声は全員の心を突き抜け 青空にまで響き渡った。
審査員たちはいっせいに顔をあげてモニターを凝視する。ミレバTVでは「!!!」「は?上手くね?」「これは、アガる、、、!!」とコメントが殺到する。誰もがホノカの第一声に度肝を抜かれた。
うおおお、と観客が手を上げて盛り上がるBLUE STAGE。
そしてOCEAN STAGE(キャパ5000人)ではニューロンシティが、INDOOR STAGE(キャパ3000人)では桜田はなのステージが始まった。
桜田はなは愛らしいアイドル衣装で登場し、3000人の会場はすでに満員で熱気に満ちていた。頭にはちまき、ハッピを着たヲタクたちがサイリウム片手に盛り上がっている。
FOODステージ(キャパ∞)では、小林翔太がギターを持ってステージに立っていたが、こちらの客入りは厳しく、まばらに30人ほどしかいなかった。
そして、あかりが出番を控えたRELAXSTAGEー。
「ぶるるるるるるるるぅぅ」
あかりは舞台袖でミネラルウォーターを持ちながらリップロール(唇をぶるぶると震わせるボイストレーニング)をしながら、ソワソワと狭い舞台袖を行ったり来たりしていた。
「緊張してんの?」ゆい姉が声をかける。
今日のゆい姉は、黒色の、ピチピチでテカテカしたステージ衣装。谷間がはっきりと見えるハイレグにニーハイブーツを合わせたセクシーな出で立ちだ。
「もう、めちゃくちゃ緊張しています…」とあかりが答えると、ゆい姉はスマホのインカメラで前髪の調子を確認しながら「え~、折角のステージ楽しまなきゃ損じゃん~」と軽い調子で言った。
「私、これが初めてのステージなんです…」とあかりが言うと、ゆい姉は少し驚いた表情を見せた。
そして、あかりはずっと気になっていた質問をゆい姉にぶつけた。
「ゆい姉はどうして誰もやりたがらなかったRELAX STAGEのトップバッターを選んだんですか?」
「へ?なんでって…
そんなの、トップバッターが一番目立つからに決まってるじゃん!」
ゆい姉は眩しい笑顔で答えた。
そしてゆい姉は「ちょっと動画お願い~☆」と、また当たり前のようにあかりにiPhoneに押しつけた。
「ゆい姉のステージ、もう間もなくでーす!!はぁ~ドキドキ!」とわざとらしく胸に手を当てる。
ゆい姉はあかりからiPhoneを受け取ると、「伝説のステージを見逃さないでね♡ 🔗MirebaTV」と手際よくストーリーを投稿した。
あかりはゆい姉のそんな様子をみながら、<この人って本当に…目立てればなんでもいいのか…>と思いながら、ステージに出ていくゆい姉を見送った。ゆい姉にとって音楽は、自分を見せるためのBGMでしかなくて、SNSのフォロワーを増やすことがこのオーディションに参加した目的なんじゃないか…。
*
ゆい姉はステージ中央まで出ていくと、ハンドマイクを持ったまま、仰向けに横たわった。
「え!?」
舞台袖にいるあかりも、目の前の観客も、ミレバTVの視聴者も突然の行動に地べた寝ころびスタイルに驚いた。「ゆい姉寝たぞww」「何をするつもりだww」「それにしてもいい太もも」とコメントが加速する。
そして、音楽が流れる。
あかりは耳を疑った。ハッキリとした高音がすっと耳に入ってくる。
ミレバTVには「これって口パク?」「レディ・ガガやん」とコメントが流れる。審査員は「おっ?」とヘッドフォンに手を当ててゆい姉の歌声をよく聞こうとする。
「rain on me」でゆい姉は起き上がり、踊りはじめた。
!!
あかりは確信した。歌声には僅かブレスが混じっている。<これは口パクじゃない!!>
「この人は……一体何者!?」
「ゆい姉歌えたんかい!!!!」
「とんでもないもん隠してたな」
「エロいし上手いし今俺の推しが決まりました!」
ミレバTVのコメント欄も大盛り上がりだった。冴島も「ほ~」と眉毛をあげながらゆい姉のステージを見つめている。
審査員の郷田(伝説のボイストレーナー)は、ゆい姉の口元のほくろを見て、何かに気づいた様子だった。郷田は急いで資料をめくり、ゆい姉のページを見た。
黒峰ゆいり。TikTokでは25万人のフォロワー、Instagramでは10万人のフォロワーを持つインフルエンサー。スタイルK+公式アンバサダー…そして、資料の下の方には、こんな経歴が書かていた。
2003年4月- 2006年3月 エリートてれびくん えりーと戦士(ゆいりぃ)
“エリートてれびくん”とはかつてNHKで放送されていた、子ども向けのバラエティー番組で、子役タレントたちが様々な企画に挑戦したり、ユニットを組んで歌を出していた。郷田は当時、その子役タレントたちのボイトレを担当していたのだったー。
「ハッ…!!あの子だワ!!」
郷田は、メモを片手に、誰よりも積極的にレッスンを受けていたほくろの女の子を思い出した。
「まさか、こんな大人の女性になっていたとはね…」
郷田はもう一度、黒峰ゆいりの資料に目を通す。ゆいりは2006年にえりーと戦士を卒業した後、CMやアーティストのPV、TVドラマの少女期役などに出演。2013年に出演した映画を境に芸能界から姿を消していたー。が、3年程前からゆい姉としてTikTokで活動を再開していた。
「それにしても全くブレない体幹としっかりとした発声…!!」
この子の歌とダンスは一朝一夕で身に付くようなもんじゃない…
この子が今までどれだけ努力してきたか…
またステージに立つ日を夢みて、ずっと準備していたんだワ…!
郷田はゆい姉のステージを見つめながら、資料をぎゅっと握った。
あかりもゆい姉のパフォーマンスに心を掴まれていた。「Rain on me」という曲は降り注ぐ困難の中「いいのよ、雨よ、もっと降ってきなさい」と歌う力強い楽曲だ。
いつもiPhone片手に笑顔をみせているゆい姉にどれほどの過去があって、このパフォーマンスが生まれるんだろうー。とてつもない痛みと覚悟を感じるパフォーマンスだった。
ゆい姉は今までのすべてを解放するように。全身で歌い、踊っていた。
そんな圧巻のパフォーマンスを目の前にして、あかりの心臓は今にもはち切れそうに「ドッ!ドッ!ドッ!」と強く打ち付けていた。
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