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第19話 白の仮面

 ゆい姉はピンク色の照明に照らされながら、ステージ上で歌い踊っていた。ゆい姉のテカテカとした衣装は、光を反射し、本当にキラキラと輝きを放っていた。ゆい姉の歌声は安定感がありつつも、独特の色気をまとう。バラードからダンスナンバーまで、どんな曲でもしっかりと魅せる。そして、ダイナミックな振り付けと共に、フェイク(即興の装飾音)を入れる余裕すら見せて、ゆい姉は完全にノッていた。

 そのステージを、舞台袖から見守るあかりは、ゆい姉のパフォーマンスに圧倒されていた。あまりに素晴らしいステージを目の当たりにして、自分はこの後に出て行って大丈夫だろうかと、不安が押し寄せてくる。自分が出て行って盛り下がったら。そもそも、自分のステージを見に来てくれる人はいるだろうか。ステージで頭が真っ白になったらどうしよう…。

「ドッドッドッ」と心臓の音が全身に鳴り響く中、

「それではありがとうございましたあーっ!!BLUE FES、これからも楽しんでいってね!次は~!!くじらNo.1972!!!!!」
 ゆい姉がステージ上で締めの挨拶をする。

「もう終わり…!?」
 
 ゆい姉の挨拶を聞き、あかりの心臓はドクッ!ドクッ!ドクッ!とさらに強く脈打つ。こんなに緊張しているのは人生ではじめてかもしれない。もう、おかしくなってしまいそうだった。

 25分間のステージを終えたゆい姉は、やり切った表情で舞台袖に戻ってきた。ハァハァと肩で息をしながら、額には次から次へと汗の雫が生まれる。

「あっ、すごく良かったです…!!」あかりは話しかけようとしたが、ゆい姉はスタッフに「じゃ、インタビュー取りますので、こちらにお願いします~」と呼ばれ、あっという間に連れて行かれてしまった。ゆい姉は遠くからグッ!と親指をあげて、あかりの視界から消えていった。

 ここから20分間のステージ転換時間を経て、ついにあかりの出番となる。スタッフは慌ただしく、あかりのキーボードやマイクをステージに運び入れていた。

 「ドクッ!ドクッ!ドクッ!」心臓が皮膚を突き破るかと思うほどの緊張の中、あかりは目を閉じ、長く、長く息をはいた。その時、あかりの中で何かが切り替わり、周りの音や動きがぼんやりと遠のいていった。まるで世界がスローモーションになったかのように、周りのスタッフの動きがゆっくりと見える。

 散らかった、暗い部屋でパソコンの光を前に歌っていた日々。オーディションの開催を知ってから、久しぶりにカーテンを開け、部屋に光が差し込んできた瞬間。200kmマラソンでは灼熱の太陽に照らされ途方もない道を歩いたー。

 そして、ゆい姉がさっきまで歌っていたキラキラと輝くステージ。その場所へ、今から私が立つー。最初は一番小さくて簡素なステージだと思っていた場所が、今では特別な場所に見える。

 あかりは手をぐーぱーぐーぱーと動かして指をほぐす。その時、ふと目に入った左手の平の傷を見つめ、あかりは思わず右手でそっと撫でた。数か月前までは赤黒かったその場所は、ほんのりとした赤色に変わっていた。

「このオーディションに挑戦してから、辛いと感じることすら忘れてたな…」本当に怒涛の日々だった。だけど、すごく生きてるって感じがした…!

 あかりはゆい姉に倣ってふと、SNSを更新しようと思った。この感覚を、残しておきたいと思った。あかりは舞台袖からまだ空のステージに向かってiPhoneを構えた。

「やっぱり、とんでもないボーカルだったなぁ。青のカケラ…侮れない」

 つみきちゃんは、青のカケラのステージを思い返しながら急いでRELAX STAGEへ向かっていた。ヨウヘイくんは緊張してたのか、かなりミスっていたけど、イキイキと演奏していた。

「それにしてもやっぱり……BLUE STAGEからは遠いなあ…」つみきちゃんはBLUE STAGEを名残惜しそうに振り返り、視線の先にあるRELAX STAGEを見つめた。トップバッターのゆい姉のステージはどうだったんだろうか。RELAX STAGEはどれくらい人が見に来てくれるもんなんだろう…。

「それでは、くじらNo.1972さん、時間です」

 舞台袖にいたあかりはもう一度、息を長く吐き、そして、スッと白い仮面を付けた。仮面舞踏会を思わせるその半顔の仮面は繊細なレースとビーズの装飾が施されている。

 あかりはステージに向かって、歩き出した。

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