第15話 第1ステージ フェス式審査
「みなさん、第0ステージの通過、おめでとうございます」パチパチと冴島アキラが手を叩く。
すると、急にスクリーン上にランキングが表示された。
「こちらが第0ステージの通過者です」だんだんだんっと、1位から順にアーティスト名が開示されていく。
「1位 ё-BeL」
「2位 桜田はな」
「3位 青のカケラ」
「4位 Luminous」
「5位 Zempire」
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「30位 THE PRIDE」
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「77位 千種つみき」
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「82位 黒峰ゆいり」
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「84位 くじらNo.1972」
あかりはごくっと喉を鳴らしてスクリーンに表示された順位を見る。
「以上、84組のアーティスト、289名が次のステージに進むことになりました!」
冴島アキラは再び拍手をし、デデーンと効果音がなる。
「そして次のステージ課題は…」
スクリーンに文字が流れるように表示される。
〜第1ステージ フェス式審査〜
「合宿所に到着した時に既に課題は伝えられていたと思いますが、ここで私から改めてフェス式審査について説明させていただきます
えー、今日から5日後の7/31、8/1 東京お台場で野外フェスを開催します。
その名も…BLUE FES!!
今回、BLUE OCEAN所属アーティストの有料ファンクラブに入っている1650万人と、音楽関係者300名にBLUE FESの案内を出しました。その中から参加したいと応募のあった10万人の中から3万人を無料招待しております」
「さ、さんまんにん!?」これは既にゴールしている人も知らなかったのか、大きなどよめきが起こった。
「3万人規模のフェスなんて、出たいと思って出られるもんじゃないよ…」
横にいるつみきちゃんの目は見開かれている。
「す、すごい…」
近年人気のロックフェス、京都大作戦の動員数が4万人、あかりが去年参加した、04 Limited Sazabys主催のYON FESが動員数2万人を考えると、まだ何ものでもない自分たちにとって3万人規模のフェスというのはとんでもないことだ。改めてBLUE OCEANの圧倒的な知名度、資金力を感じる。
「また、ミレバ TVでの無料独占生配信も決定しております」
現地の3万人と生配信…。圧倒的なスケールの大きさに、慄くもの(Arina)、「っしゃあ、ぶちかますぜ!(THE PRIDE コウ)」とテンションをあげるものなど反応は様々だった。
「これは200kmマラソンをゴールした、みなさんへのご褒美ですからね、是非楽しんでください」
そういって、冴島は持っていたリモコンのボタンを押し、BLUE FESのイメージ映像をスクリーンに流した。
お台場の青空にBLUE FESというロゴが浮かび上がった後、『BLUE FES』と書かれたアーチ型のゲートが映される。
次に、【BLUE STAGE キャパ1万人】という字幕と共に両脇に巨大スクリーンを従えた豪華なステージが映し出される。CGで作られた映像にはステージに向かって手をあげ盛り上がっている無数の観客たち。
映像は続く。【OCEAN STAGE キャパ5000人】
先ほど程の豪華さはないが、広い広場に十分大きなステージ。ステージの上にはスクリーンが設置され、遠くからでもよく見えるようになっている。
【INDOOR STAGE キャパ3000人】
こちらは屋内ステージのようで、青空を模したようなポップなステージだ。花道まである。
〔フードエリア〕
「ステージだけではじゃなく、フードエリアもあるんだ!」とあかりはびっくりする。当日は有名店の出店やキッチンカーなど28店舗集まる予定らしい。つみきちゃんが「本当のフェスっぽいね!」とワクワクした顔であかりに話しかけてくる。
【FOOD STAGE キャパ∞】
「キャパ無限?」とあかりは疑問に思ったが、映像をみて納得した。FOOD STAGEはフードエリアの後方に設置されていた。ステージ自体は地域の夏祭りほどの大きさであるが、なにせ、ずらっと28店舗のお店が並んでいるエリアの後ろなのだから、フードエリアにいる人全員を振り向かせられれば、観客はかなりの数になるだろう。
〔リラックスエリア〕
他のステージから少し離れた、お台場の海沿いに、救護テントや、協賛に入っている携帯会社bokomoによる充電エリアが設置されていた。白いリクライニングチェアが50脚ほど並んでいる。
【RELAX STAGE キャパ100人】
リラックスエリアの前方に救護テントと同じ白い簡易テントが設置されている。
「うぅ…」最初にBLUE STAGEやOCEAN STAGEといった大きくて豪華なステージを見てしまうと、RELAX STAGEの白いテントはどうしても見劣りがした。
あかりは5つのステージを見終えて、BLUE STAGE…あんなところで歌えたらどんな気持ちだろう?と思う。<BLUE STAGEが無理でもOCEAN STAGEでもFOOD STAGEでもいい。RELAX STAGEでなければ…>
映像が終わると、Tシャツにハーパン、小さなマイクを口元まで伸ばしたヘッドセットをつけたADらしき人が、ガラガラと巨大なボードを押して出てきた。
冴島アキラが再び話はじめる。「…という感じでネ。結構いいでしょ?本物のフェスと何ら遜色のない5つのステージで次の審査を行います。既にゴールをした人から希望のタイムテーブルを埋めて頂いていますが…」
運ばれた巨大ボードが、スクリーン上にも映される。
<!!>
あかり、つみきちゃん、ゆい姉、その他、最後にギリギリでゴールした面々は、はじめて見るボードだった。
そのボードはBLUE FESのタイムテーブルで、あかりたちの度肝を抜いたのは、タイムテーブルは既にRELAX STAGE以外全て埋まっていたのだった。
「ギリギリにゴールした人はまだタイムテーブルが決まっていないので、今、前に来て名前を書きにきてください。では76位のKILL POINTさんから…」冴島アキラが当たり前のように話を進めていく。
冴島アキラの「前に出てきてください」という呼びかけに、参加者がさっと道をあけ、ステージまでの道ができる。
KILL POINTという擦り切れたゼッケンをつけた男性2人組は固まっている。こんな大勢の前で、急に決めてくださいと言われるなんて…。287名の視線が一斉にKILL POINTに集まる。
「お、おい…どうする」
「どうするって言われても…まずはボードの前までいこう」
KILL POINTの2人はこの場にいる全員の視線を感じながら居心地悪そうにステージに向かって歩いていく。
改めて巨大なタイムテーブルボードを見ると、RELAX STAGEにあと8つ空きがある。意外にも1日目のトップバッターが空いている。
「もうコレどれ選んだって同じだろ」KILL POINTの一人は小声で吐き捨てるように言う。
「まあ…でも、トップバッターだけは避けよう。1日目のスタートにこんなステージに来るやつなんていないよ」
「だな」
「じゃ、ここで」RELAX STAGEの一人が 2日目15:00-15:25の空白にKILL POINTと名前を入れる。
次は… 77位。つみきちゃんの番だ。
「では、次、77位 千種つみきさん」冴島アキラに名前を呼ばれ前に出ていく。
<せっかく沢山の人に見てもらえる機会だと思ったのに。キャパ100人じゃ、いつものライブハウスより小さいじゃん…。でも、まあ仕方ない。RELAX STAGEで一番お客さんに見てもらえる時間は…。>
つみきは改めてボードの前に立ってタイムテーブルをじっと眺める。
1日目のトップはダメ。みんなが避けているように初っ端に、他のステージから離れたこのエリアに来る人なんていない。リラックスエリアには、救護テントや充電エリアがあるんだから、昼以降、気温が高くなって気分が悪くなった人や、夕方以降に充電がなくなった人とか…。少しでも人が集まる時間を選ぼう。
選ぶべきは…
2日目の16:30-16:55!!
つみきちゃんはふぅっと息を吐いてから、空白いっぱいに“千種つみき”と名前を書いて戻ってきた。あかりは隣に戻ってきたつみきちゃんに「おつかれ」と小さくハイタッチをする。
あかりは嫌な予感がする。みな、明らかに1日目のトップバッターを避けている。最下位のあかりには選択肢がない。みんなが選ばなかった時間が、あかりのステージになる。
<人前でライブをやったこともないのに、初日のトップバッターなんて…>あかりはネットで歌ってみた動画を投稿したり、歌の配信をしていたが、本物の人を前にして歌ったことがなかった。みんな、この時間にはお客さんはこないと見込んで他の時間を選んでいるんだろうけど…。<お客さんもいない、初めてのステージで私は…>あかりは目の前に誰もいないステージでポツンと立つ自分の姿を思い浮かべ、顔を青くする。
あかりが最悪な想像をしている間にも「では、次79位の方…」「80位の方…」と冴島アキラの事務的なアナウンスが続く。1日目のトップバッターの座は依然として空白のままだ。
「では、次82位 黒峰ゆいりさん」
あかりの頭の中では不安が渦巻く。<せめてみんながどうやってライブをするのか見て自分の番をむかえたかった…><ライブって…トップバッターってどうやってやるんだ…?>あかりは心の中で「トップバッターは嫌だ、トップバッターは嫌だ…」と目を閉じて念じていた。
すると急に「おおぉおおおぉ!」と歓声があがる。あかりが何事だ?と目を開けると、ゆい姉が、1日目のトップバッターの欄に名前を書き入れていた。そして、自分の名前を指さしながら笑顔で写真を撮っている。
<みんなが避けていたトップバッターを…!?>助かった、と思う気持ちと、どうして…?という思いであかりはゆい姉がこちらに戻ってくるのを見つめた。ゆい姉は余裕の表情で、笑顔を振りまきながらゆっくりと戻ってきた。
そして、あかりの前の順位、83位の人がゆい姉に触発され、2日目のトップバッターの欄に名前を書き入れた。あとは、あかりの時間だけが空白になって残っている。
では「84位、くじらNo.1972さんお願いします」
あかりはみなの視線を浴びながらステージに向かって歩く。ゴールしたままここに来たあかりのTシャツはヨレヨレでみすぼらしい。大雨の中を歩いて、いつしか乾いた髪の毛はきっとボサボサだろう。<恥ずかしい…>涼しい顔をした人たちの間を通って前に出るのはなんだか屈辱的で情けなかった。
あかりはボードを目の前に立ち、あらためてタイムテーブルを見上げる。遠くからではよく見えなかったが、今回のメインステージとなるBLUE STAGEのトップバッターはヨウヘイくんのバンド、青のカケラだ。あかりは、青のカケラのボーカルが10万バズをしていた動画を思い出す。あの突き抜けたボーカルが、一番大きなステージで歌っているのは、正直、すごく想像できると思った。ヨウヘイくんがギターを弾いてるところは見たことないけど、ヨウヘイくんもあぁ見えて上手なんだろうな、と思う。
ぼんやりとボードを見ていると、「あ…」と、あることに気付いた。演奏時間だ。ステージによって、歌える時間は異なっていた。メインのBLUE STAGEは1時間の尺がある。OCEAN STAGEは50分。INDOOR STAGEは40分。FOOD STAGEは30分。ステージの大きさによって、ステージにいられる時間も長くなっていた。
あかりのRELAX STAGEは……25分。BLUE STAGEの半分以下の時間しかない。ステージの大きさだけではなく、出演時間もこんなに違うなんて。なるほど…。世の中はやっぱり理不尽だ、と思う。富めるものはますます富み、貧しきものは更に貧しくなる。
あかりは唯一残った、タイムテーブルの空白を見つめる。
1日目の12:15-12:40。トップバッターゆい姉の次のステージだ。
<一番小さくて、尺も短い、辺ぴな場所にあるRELAX STAGEで、あかりは最後尾から逆転できるだろうかー>
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