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第21話 Butterfly

「ねぇ、全然悪くなかったと思うけどな」
 つみきちゃんは、長いポテトをつまみながらあっけらかんと言った。

 ステージを終えたあかりは、つみきちゃんとFOOD AREAの白いテーブルで昼食をとるところだった。お昼時のFOOD AREAは賑わいをみせていた。それぞれのキッチンカーの前には行列ができ、テーブル席もすべて埋まっていた。テーブル席の30mほど先にはFOOD STAGEがあり、ステージ前には5-6列の観客の層が出来ている。あかりはその観客の層を見て、またどんよりとした気持ちになる。今は露出度の高い白のワンピースを着た女の子がK-POPらしき曲に合わせて歌って踊っているところだった。

 二人のテーブルの上には、つみきちゃんが頼んだタコスや串もの、麵類、ポテトなどフェス飯なるものがところせましと並んでいる。つみきちゃんは先ほどからポテトを食べたり、なんとか串を食べたりと忙しい。一方のあかりはというと、食欲もなく、さっぱりしてそうだから、と選んだシークワーサー沖縄そばをただ見つめていた。黒いプラスチックの器に入ったシークワーサー沖縄そばは、緑色のシークワーサー、紅しょうが、お肉、ネギがたっぷり乗っていて、あかりの心とは正反対なくらいに色鮮やかだった。

 あかりの脳裏に、黒いバケットハットを被った男性が立ち去った瞬間が蘇る。そして、ぽっかりと空いた客席…。観客が減っていくのを前にして、あかりの記憶はどんどん遠くなっていった。

「わたし、本当にそう思ってるからね?慰めとかじゃなくて。フェスなんだもん。くじらちゃんの音楽が良くっても、『あのバンドを見るには今移動しないとお』っていうのがフェスでしょ?」
「うん…」

 あかりも頭の中では分かっている。自分もフェスに行けば、後ろ髪を引かれる思いで別のステージに移動することもある。それに今回のBLUE FESは、新人アーティストの青田買いの場ともいえる。一曲、二曲聞いて、次のアーティストへ、そんな見方も当然あるはずだ。

 でもー、どうしても自分に原因を求めてしまう。何かダメだったから移動されたんだ、私の音楽は、お眼鏡にはかなわなかった、そう考えずにはいられなかった。それに、最後までいた観客は七人。審査員票と観客票5:5のこのフェス式審査で、高得点になるはずがなかった。自分はここで脱落かもしれない…。次のステージに進めるアーティストが何組なのか発表がなかったが、84組の中から、次のステージに進めるのは…。オーディション番組では初ステージ以降、がっつり人数が絞られたりする。考えれば考えるほど、絶望的な気分だった。

 しかし、励ましの言葉をかけてくれているつみきちゃんの前でダラダラと落ち込んでいる姿をみせるのは悪い。あかりは無理やりにでも、口角をあげ、目の前にあるシークワーサー沖縄そばに手をのばした。

「もう私にできることは、フェス飯を食べて、みんなのステージを見て楽しむことだけ!!!いいところを全部盗んで帰るから!」
 あかりは勢いよくそばをすすった。

「いや、帰るのは早いけど。せっかくだから楽しもう!」
「うん!つみきちゃんは明日の準備、いいの?」
「今日は喉を休めて、明日爆発させるつもり!」
「そっか。つみきちゃんのステージも見に行くからね!じゃあ、今日はどこを回ろうか」
 そういってあかりはスマホでBLUE FESのタイムテーブルを確認する。

「やっぱり、今注目されてる人たちは見ておきたいよね」つみきちゃんも自分のスマホをスクロールしながら言う。

「ё-BeLは明日...」SNSで派手なパフォーマンスを披露し、1位通過したё-BeLは、2日目のメインステージのトリを飾る。

「2位のはなちゃんはもうINDOOR STAGEのトップバッターで終わってるね」

「大成功だったみたい」あかりは、フリフリのピンクのアイドル衣装を着たはなちゃんの写真をつみきちゃんに見せる。はなちゃんは満員の客席をバックに、両手を広げている。

「はなちゃんのインスタ」
「さすがの知名度だね」

 それに比べて自分は…。そう思わずにはいられなかったが、あかりにとって自分の気持ちと正反対の表情をするのは難しいことではなかった。

「3位の青のカケラはどうっだったの?」あかりはつみきに笑顔を向けた。

「もう、すんごい盛り上がり!『♪いっせーので鳴り響いた』ってボーカルが歌った瞬間、みんな『うおおおお』って」

「そうなんだ。わたしも見たかったなー。ヨウヘイくんはどうだった ?」
「めっちゃ楽しそうにギター弾いてたよ。でも結構ミスってたかな、」
つみきちゃんは少しきまずそうに笑った。
「そうなんだ、」
 普段チャラチャラしているヨウヘイくんだが、ステージでは意外と余裕でギターとか弾いちゃうタイプかと思っていたあかりは、予想外の答えに驚いた。
「まあ、メインステージのトップバッターなんて緊張すごそうだし。ヨウヘイくん今頃大丈夫かな。落ち込んでないといいけど。ステージで失敗する気持ち、分かるからなあ」
「だから、くじらちゃんはミスってないって!」
 つみきちゃんはあかりの肩バシッと叩いた。

 その時、「♪ Ahh~ 」と超ハイトーンボイスが2人の鼓膜を揺らした。
「今の何?」と言うようにあかりとつみきちゃんは同時にステージの方を見た。

 ステージを見ると、先ほど見た時と同じ、白いミニのワンピースを着た女の子が立っている。髪の毛は根本が少し黒くなっている金髪を高い位置で結んで三つ編み。ミニスカートからは真っ白な細い両脚が伸びていた。さっき見たよりもずっと多くの観客が集まっている。いつの間に、こんなに観客を…。

 そして、二人と同じようにハイトーンボイスに度肝を抜かれたFOOD AREAの人たちがステージを取り囲む群衆の後ろに加わろうとしていた。

 先ほどの彼女の「♪ Ahh~」は曲の最後のフェイクだった。歌い終えたステージ上の女の子はマイクを両手に握って言う。

「この曲は、私が韓国で練習生をしていた時に作詞作曲した『Butterfly』という曲です。私は三年間、地下の練習室でずっと鏡に向かって踊っていました。いつかここから羽ばたくんだと信じて、青春の全てを捧げました。でも、韓国ではデビューメンバーに選ばれなくて…

 私の前にいるのはいつも私だけでした。でも、今、こんなに沢山の人の前で歌って踊れるなんて...ずっとこんな光景を待っていました」
 Arinaは涙を浮かべ、集まった観客を嬉しそうに見つめた。

「こっからだぞー!」「まだまだこれからー!」
 彼女に温かいヤジが飛ぶ。

「そうです、私はここに思い出を作りに来たわけではありません。今度こそ、絶対にここでデビューをして夢を叶えます!

 私の名前はArinaです!このオーディションにはすごいアーティストが沢山います。が、今日はぜひArinaの名前を覚えて帰ってください!そして私を応援してくれたら、絶対に後悔させません!

 では、最後にもう1曲。みんな盛り上がりましょう!」

 ArinaのMCが終わると、爆音で NAYEON のPOP! が流れる。Arinaは弾ける笑顔でステージを駆け巡り、舞い踊る。韓国アイドルの練習生生活は厳しいと聞いていたが、Arinaの実力は本場仕込みだった。これでどうしてデビューメンバーに選ばれなかったのか、あかりには全く理解できない。

「今まで大きく目立っていなかった人にも、すごい人がたくさんいるね...」
「この曲を一人で歌いながら踊るなんて...しかもまだ10代!」
 つみきちゃんは早速BLUE STAGEのHPに飛び、Arinaのプロフィールをチェックしていた。

 歌だけではなく、踊れて、作詞作曲もできちゃって。そのうえ若くて、とんでもないスタイル。それだけじゃなくて、これまでに苦労も、努力も半端なくしてきている。まだ19歳のArinaに勝てるところが一つもないじゃないか、と思う。あかりだってBLUE STAGEのオーディションに受かったときは少しだけ、自信はあった。自分だって、YouTuberでチャンネル登録者数一万人を集めたんだし。そこそこチャンネル登録者数は多い方で、取引先の人と一緒に行ったカラオケでは毎回「すご、プロレベルじゃん」なんて褒められて。ちょっと満更でもなさそうな顔で「やー、全然ですよ」なんて答えていた。

 井の中の蛙だった。ゆい姉も、Arinaも。自分よりずっとしっかりと音楽の世界観があって、きちんとトレーニングを積んで音楽をしてきた人たちだった。響き、伸び、声量。YouTubeのボイストレーニング動画を見て学んできた自分が途端に恥ずかしくなった。

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