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第9話 2+1=3

 マラソン3日目の午前8:00。90㎞地点の宿ー。

 あかりは医者に無理言って貰った、痛み止めの錠剤や、テーピングをウエストポーチに入れ、宿を出発しようとしていた。

「明日の18時までに110㎞か...。ちゃんとゴールできるだろうか」
 不安そうにテーピングだらけの足を見つめるあかり。

「今日はついに山に入るー。今日が一番過酷な日になるかもしれないな…」
 あかりは今日、越えるべき山を見上げながら思った。雲一つない青空の下に、緑豊かな山がくっきりと浮かび上がっている。

 あかりは靴紐をきゅっと結びなおし、3日目のマラソンをスタートさせた。

 あかりが歩き始めて30分が経った頃ー。

 つみきちゃんらしき後ろ姿を見つけた。このオーディションに参加している人は、派手な髪色や個性的な髪型をしている人が多い。そんな中、黒髪ストレートのつみきちゃんの後ろ姿は逆に見つけやすかった。

 黒髪ストレートに小さな背中。きっと、あれはつみきちゃんだ!

 あかりは嬉しくなった。追いつけた、という嬉しさと、つみきちゃんとまた会えたことの嬉しさ。あかりにとって、つみきちゃんは、今回のオーディションで初めてできた友達だ。ソロの参加者同士、肩を寄せ合って話せてホッとした。

 しかし、つみきちゃんの横には男がいた。横の男が何やら身振り手振りでつみきちゃんに話しかけては、つみきちゃんは時折「やだぁ」という風に笑っている。なんだか、すごくいい雰囲気だ。

 あかりとつみきちゃんが一緒に過ごした時間は、なんだかもうずっと前のことのように感じられた。もう、つみきちゃんにとっては、あかりと過ごした時間よりも、横の男と過ごした時間の方が長いのかもしれない。

 あかりにとってつみきちゃんは、今回のオーディションではじめて出来た友達だったが、つみきちゃんにとっての自分は、最初にちょっと話しただけの人に過ぎない、と思った。

 しばらく、つみきちゃんと男の楽しそうな背中を見つめたあと、あかりは、2人の雰囲気を壊さないように、できるだけさりげなく「つみきちゃん!」と手を振って、通り過ぎようと決めた。爽やかに、声だけ掛けて、通り過ぎる。「ファイト!」くらいは言ってもいいかもしれない。

「つみきちゃん!」あかりは予定通り、手を振る。

「くじらちゃん…!!やっと会えたね!」
 あかりを見て、じわっと目に涙を浮かべたつみきちゃんを見て、つみきちゃんも同じ気持ちだったんだ、と嬉しくなった。

「やっと追いついたよ!」

「また会えるって思ってた!スタートですぐにはぐれて不安だったんだよお」

「わたしも。実は追いつこうと1日目に頑張りすぎて。リタイヤ寸前だったんだけどね」

「うそ!」

「つみきちゃんに追いつかなきゃと思って1日目、真夜中まで歩き続けて。ぶっ倒れちゃった。」

「えぇ?そんなになるまで歩いてたの?今は?大丈夫?」

「うん。昨日はほとんど宿のベッドで休んでたから。身体はあちこち痛いけど。もう大丈夫。」

「本当?無理しないで、って言いたいとこだけど…

ここまで来てリタイヤなんてする訳ないよね」

 二人はお互いの夢への強い気持ちを確認し、にっと笑った。

「ところで、くじらちゃん、真夜中までって一体どこまで歩いたの?」

「えぇっと、70kmらへんの、興津駅の近く?」

「な、70km?くじらちゃん、1日目にそんなとこまで歩いてたの?」

「どこまで走ってもつみきちゃんの姿が見えなくて...」

「わたし、1日目は30km地点のホテルに泊まっていたよ!」

「えぇ!わたしの方が追い抜いちゃってたってこと!?」

 2人は顔を見合わせて笑った。すれ違っていた場所や時間がやっと、ぴったりと合わさった。

 そこにヨウヘイが「あのー 盛り上がっているところごめんね!俺、青のカケラってバンドのギター、ヨウヘイ!」と割って入る。

「あ…2人で盛り上がっちゃってごめんなさい!わたしはあのー、、くじらNo.1972です」とヨウヘイに頭を下げた。

「いいのよ、いいのよ。くじらちゃんのことは、つみきちゃんからもう聞いてるから。俺たちダチのダチ。つまりトモダチってわけ!」

 あかりはヨウヘイのテンションに少し面食らいつつ、「あはは」と調子を合わせて笑った。

「俺たちは昨日の夜会ったんだけど、つみきちゃん『一緒にスタートした子とはぐれちゃって…』うぇええんって泣いてて」

「いやいや、それは誇張しすぎだから!でも、本当くじらちゃんとまた会えて良かった」

「わたしも!」


「俺も!!」

ヨウヘイのちゃっかり「俺も」発言に自然と3人で笑い合う。あかりはなんだかすごく久しぶりに笑った気がした。そして、2人に会えて、すごく力が湧いてきた。

 そうして歩いているうちに、あかりとつみきとヨウヘイは山道の入り口に着いた。ここが今回のマラソンで一番の難所となる山道。

 山道の入り口に立つと、木々が高くそびえ立ち、3人を見下ろしているようだった。3人は目の前の坂を見上げる。

「この山道、スクリーンで見た時もヤバいと思ったけど…」ヨウヘイが絶句する。
「これは…」
 あかりもあまりの急な坂道に一瞬、言葉を失うが、そこで横の2人の顔を見た。

 つみきちゃんの顔は絶対に諦めないという顔をしていて、ヨウヘイは「ヤバいよ、ヤバいよ」と出川のモノマネをしていた。

 あかりはふっと笑って 「一人なら無理だったかも。でも3人なら…」と思った。
 
 3人は200kmマラソンの難所、山道へ足を踏み入れた。

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