第9話 2+1=3
マラソン3日目の午前8:00。90㎞地点の宿ー。
あかりは医者に無理言って貰った、痛み止めの錠剤や、テーピングをウエストポーチに入れ、宿を出発しようとしていた。
「明日の18時までに110㎞か...。ちゃんとゴールできるだろうか」
不安そうにテーピングだらけの足を見つめるあかり。
「今日はついに山に入るー。今日が一番過酷な日になるかもしれないな…」
あかりは今日、越えるべき山を見上げながら思った。雲一つない青空の下に、緑豊かな山がくっきりと浮かび上がっている。
あかりは靴紐をきゅっと結びなおし、3日目のマラソンをスタートさせた。
*
あかりが歩き始めて30分が経った頃ー。
つみきちゃんらしき後ろ姿を見つけた。このオーディションに参加している人は、派手な髪色や個性的な髪型をしている人が多い。そんな中、黒髪ストレートのつみきちゃんの後ろ姿は逆に見つけやすかった。
黒髪ストレートに小さな背中。きっと、あれはつみきちゃんだ!
あかりは嬉しくなった。追いつけた、という嬉しさと、つみきちゃんとまた会えたことの嬉しさ。あかりにとって、つみきちゃんは、今回のオーディションで初めてできた友達だ。ソロの参加者同士、肩を寄せ合って話せてホッとした。
しかし、つみきちゃんの横には男がいた。横の男が何やら身振り手振りでつみきちゃんに話しかけては、つみきちゃんは時折「やだぁ」という風に笑っている。なんだか、すごくいい雰囲気だ。
あかりとつみきちゃんが一緒に過ごした時間は、なんだかもうずっと前のことのように感じられた。もう、つみきちゃんにとっては、あかりと過ごした時間よりも、横の男と過ごした時間の方が長いのかもしれない。
あかりにとってつみきちゃんは、今回のオーディションではじめて出来た友達だったが、つみきちゃんにとっての自分は、最初にちょっと話しただけの人に過ぎない、と思った。
しばらく、つみきちゃんと男の楽しそうな背中を見つめたあと、あかりは、2人の雰囲気を壊さないように、できるだけさりげなく「つみきちゃん!」と手を振って、通り過ぎようと決めた。爽やかに、声だけ掛けて、通り過ぎる。「ファイト!」くらいは言ってもいいかもしれない。
「つみきちゃん!」あかりは予定通り、手を振る。
「くじらちゃん…!!やっと会えたね!」
あかりを見て、じわっと目に涙を浮かべたつみきちゃんを見て、つみきちゃんも同じ気持ちだったんだ、と嬉しくなった。
「やっと追いついたよ!」
「また会えるって思ってた!スタートですぐにはぐれて不安だったんだよお」
「わたしも。実は追いつこうと1日目に頑張りすぎて。リタイヤ寸前だったんだけどね」
「うそ!」
「つみきちゃんに追いつかなきゃと思って1日目、真夜中まで歩き続けて。ぶっ倒れちゃった。」
「えぇ?そんなになるまで歩いてたの?今は?大丈夫?」
「うん。昨日はほとんど宿のベッドで休んでたから。身体はあちこち痛いけど。もう大丈夫。」
「本当?無理しないで、って言いたいとこだけど…
ここまで来てリタイヤなんてする訳ないよね」
二人はお互いの夢への強い気持ちを確認し、にっと笑った。
「ところで、くじらちゃん、真夜中までって一体どこまで歩いたの?」
「えぇっと、70kmらへんの、興津駅の近く?」
「な、70km?くじらちゃん、1日目にそんなとこまで歩いてたの?」
「どこまで走ってもつみきちゃんの姿が見えなくて...」
「わたし、1日目は30km地点のホテルに泊まっていたよ!」
「えぇ!わたしの方が追い抜いちゃってたってこと!?」
2人は顔を見合わせて笑った。すれ違っていた場所や時間がやっと、ぴったりと合わさった。
そこにヨウヘイが「あのー 盛り上がっているところごめんね!俺、青のカケラってバンドのギター、ヨウヘイ!」と割って入る。
「あ…2人で盛り上がっちゃってごめんなさい!わたしはあのー、、くじらNo.1972です」とヨウヘイに頭を下げた。
「いいのよ、いいのよ。くじらちゃんのことは、つみきちゃんからもう聞いてるから。俺たちダチのダチ。つまりトモダチってわけ!」
あかりはヨウヘイのテンションに少し面食らいつつ、「あはは」と調子を合わせて笑った。
「俺たちは昨日の夜会ったんだけど、つみきちゃん『一緒にスタートした子とはぐれちゃって…』うぇええんって泣いてて」
「いやいや、それは誇張しすぎだから!でも、本当くじらちゃんとまた会えて良かった」
「わたしも!」
「俺も!!」
ヨウヘイのちゃっかり「俺も」発言に自然と3人で笑い合う。あかりはなんだかすごく久しぶりに笑った気がした。そして、2人に会えて、すごく力が湧いてきた。
*
そうして歩いているうちに、あかりとつみきとヨウヘイは山道の入り口に着いた。ここが今回のマラソンで一番の難所となる山道。
山道の入り口に立つと、木々が高くそびえ立ち、3人を見下ろしているようだった。3人は目の前の坂を見上げる。
「この山道、スクリーンで見た時もヤバいと思ったけど…」ヨウヘイが絶句する。
「これは…」
あかりもあまりの急な坂道に一瞬、言葉を失うが、そこで横の2人の顔を見た。
つみきちゃんの顔は絶対に諦めないという顔をしていて、ヨウヘイは「ヤバいよ、ヤバいよ」と出川のモノマネをしていた。
あかりはふっと笑って 「一人なら無理だったかも。でも3人なら…」と思った。
3人は200kmマラソンの難所、山道へ足を踏み入れた。
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