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第6話 背中に羽

 時刻は19:30を過ぎ、あたりは完全に暗くなってきた。あかりの前方を走っていた人たちは、一人、また一人と、宿に向かってコースを外れていった。

 そんな中、あかりは「まだ、つみきちゃんにも追いつけていない…」と脇目もふらず歩き続けていた。

「みんなが休んでいる時に挽回しないと。今は一歩でも前に進んでおきたい」ペースは落ちたものの、ここが頑張りどころだと自分に言い聞かせ、必死に足を動かした。

 いいねの距離短縮があるから、自分がどれくらいの順位にいるか分からない。一生懸命走って沢山の人を抜かしたつもりでいても、実は知らない間にスキップ車に乗った人たちに抜かされているのかもしれない、とちょうどあかりの横を通り過ぎて行った青色のスキップ車をみて思う。

 あかりは少しペースを緩め、自分のTwitterを確認した。あかりはTwitterで勝負することにしていた。一番フォロワーが多いのはYouTubeだが、YouTubeを投稿するには時間がかかる。手軽に投稿できるようにとTwitterを選んでいたのだが、ここまで走ることに必死で投稿はほとんどできていなかった。

 あかりが200kmマラソン後に投稿したのは2つ。
 
 1つは「BLUE STAGEオーディションに参加させていただくことになりました。くじらNO.1972です。精一杯頑張りますので、応援よろしくお願いします!」という投稿。

 もう1つは、6km地点付近で撮ったピンク色の小さな花をつけた雑草の写真に「“道端に咲いている雑草にも名前があるなんて忘れてた” 大好きな歌詞のひとつです」と投稿していた。

 それぞれ、いいねは312件と98件。いいねの数はいつもに比べたらかなり多い。Twitterのいいねが300件を超えたのなんてはじめてだ。

「すごい!!こんなにも!」個人でひっそりと活動してきたあかりにとって、こんなにも沢山の人に見てもらう機会は初めてだった。Twitterのフォロワー数も一気に70人近く増え、2000人を超えた。あかりはBLUE STAGEオーディションの注目度の高さを実感し、高揚した。

 あかりが投稿したツイートの下には、いつも応援してくれる人たちからのメッセージが並んでいた。

「くじらさんの声が沢山の人に届くこと、嬉しく思います。応援していますね☺」これはいつもコメントをくれるアキラ55さんから。

「くじらちゃんの歌にずっと励まされてきました。今度は私たちが応援する番!頑張れ!!!」これは昔から応援してくれている古参のソワレさん。

 その他にも「頑張って」「無理しないで」「絶対大丈夫!」など沢山の応援メッセージが届いている。見慣れたアイコン、見慣れた名前からのメッセージに顔がほころび、胸があつくなる。

「みんな…本当にありがとう…」

 過酷なマラソンで疲れ切っていたあかりの心に、温かい気持ちが満ちていく。コメントの上から1つ1つにハートをつけていくと、今までくじらNo.1972をフォローしていた人だけでなく、新しく「BLUE STAGEから来ました!今日から応援します!」というコメントも来ていた。全部、嬉しい。

 続いて、つみきちゃんのTwitterも見てみることにした。つみきちゃんはスタートから5件、投稿していた。

「6km通過!なんと!休憩所にうなぎパイありました!おいしー♡ #BLUE STAGE」。 自撮り写真には、うなぎパイを手に笑顔を浮かべるつみきちゃんが写っていた。うなぎパイなんてあったんだ。余裕がなくて、すっかり見過ごしてたな、と思いながらいいねを押すあかり。

 つみきちゃんは休憩所ごとに投稿しているようだった。「12km通過!今回の休憩所には黒はんぺんがありました!静岡名物らしい…?初めて食べたけど美味しかった☺ #BLUE STAGE」などなど。それぞれ自撮りつきで、いいね数は1321件、1021件、934件、732件、697件。

 桁違いのいいね数に現実を突きつけられるが、つみきちゃんの愛らしいルックスを見ると「そりゃそうだよなあ」とも思う。自分のTwitterと比較しても雲泥の差だ。私だってつみきちゃんにいいねを押す。Twitterの使い方も考えないとなあ…。

 SNSの投稿は前から苦手だ。考えすぎてしまう。文章を作ってみては、この言い回しが偉そうかも、とか、なんかテンションが変かも?と気になりだし、何度も書き直してはみるものの、「うーん、保留」と下書きに入れてしまうことが多かった。

 他の人はどんな投稿をしているんだろう?

 スタート時に出会ったゆい姉の顔を思い出して、ゆい姉のTikTokを見てみる。

 ゆい姉のTikTokには、あかりが撮ったスタート時の写真も使われていた。流行りの音楽に合わせて、写真が次々と切り替わっていく。その投稿のいいね数は、なんと1.3万だった。つみきちゃんのいいね数も多かったが、ゆい姉はさらに桁違いだ。

 1.3万いいねってことは13kmの距離短縮!?

 しかもゆい姉のTikTok投稿は4件のうち「これ、すごい……」

 3.9万いいねの投稿まであった。それはKamiUra.とのコラボ動画だった。KamiUra.が作った楽曲でゆい姉が踊っている。薄暗い中で、ゆい姉が口パクをしながら踊り、KamiUra.がその横で突っ立っている。ゆい姉にだけライトが当たっていて、KamiUra.の顔は暗くてよく見えないが、KamiUra.に矢印が伸びていて、「↓本家様」とテロップが入っている。コメント欄は「KamiUra.ガチ?」「顔が見たい!」「まさかのコラボ!」と盛り上がっていた。

 ゆい姉の総いいね数を計算すると、なんと6.4万もあった。6.4万いいね……それは64kmを意味する。

 あかりが最後に距離表示看板を見たのは1時間前に見た40km地点だった。まだ50kmの看板には辿り着いていない。

 いいねだけで……。

 こうなることはルール説明があった時からなんとなく、想像していた。今の時代、魅せ方が上手い人が有利なのは、あかりが4年間YouTubeを続けてきて、嫌というほど実感してきたことだった。人脈のある人、女を出せる人、ファン対応が上手い人、釣りサムネだってできちゃう人。あかりがコツコツ積み上げてきたチャンネル登録者数はそういう人たちに一瞬で抜かされてきた。

「こういう人が結局、成功していくのかな…」と楽しそうに踊るゆい姉をみて思う。私はいつも追い抜かされる側だ。こんなふうに上手く生きれたら、もっと違う人生だっただろうか。

 
 あかりのスマホに新たな通知が届く。Twitterのいいねの通知だった。

 あかりは今届いた通知から、改めて自分のTwitterを開いた。313件目のいいね。

 つみきちゃんやゆい姉に比べるとずいぶん少ないが、やっぱり300件のいいねは、あかりにとって奇跡のような数字だと思う。もう一度コメントを見返す。

「応援してます!」
「くじらさんなら大丈夫」
「夢を叶えて」

 リスナーさんの言葉はあかりの心を照らしてくれた。

 あかりの頭には、今までもらったたくさんのコメントが浮かんでいた。初めて投稿した動画はほとんど再生されなかった。バズっちゃったらどうしよう!なんて夢みて初投稿をしたのが恥ずかしくなるほどに。でも、再生数120回の動画についた「あなたの声すごくいい」というコメントに次も投稿しようと思った。そうやって4年間、あかりはYouTubeで歌い続けてきたのだ。

 あかりは、ここで距離短縮をしようと決めた。

 あかりがスタートから今までに獲得したいいね数は
 313件と98件で合計410件。

 410mの距離短縮を申請した。

 あかりは410mぶん、クーラーの効いた車に乗って移動した。

 車に乗ってしまえば一瞬の距離だったが、あかりにとっては大きく前に進んだような気がした。スキップ車を降りたあかりは「410m、背中に羽が生えました。ありがとう」と新しく投稿した。

 頑張りたい。応援してくれる人のためにも。自分のためにも。
 あかりは再び、暗い夜道を歩きだした。

 時刻は22時を過ぎていた。あかりはボロボロになりながらまだ歩いていた。朦朧とした意識の中でLANYの「somewhere」を口ずさんでいた。

♬「All of my life, I've been searching for something
 (これまでの人生、ずっと何かを探してきた)
  I give everything and I end up with nothing
 (僕の全てを捧げても 何かを得ることはなかった)
  I only hurt myself to please everyone else
 (他のみんなを喜ばせる為に 自分を傷付けた)
  So I've packed up my things and the engine is running
 (だから荷物をまとめて エンジンをかけることにした)
  'Cause I just can't keep going like this
 (だってこんなの これ以上続けられない)
  So I'm learning how to live without needing anybody
 (誰かを必要としない生き方を学んでる)
  Rolling like the wind, tryna leave it all behind me
 (風みたいになって 過去は全部おいてくよ)
  Know that I'm not there
 (僕はもうそこにはいない)
  But finally, feels like I'm getting somewhere, somewhere
 (でもやっと何処かにたどり着けた気がしてる 何処かに)

LANY-somewhere

 頭はだいぶぼーっとしている。足の感覚はもうずっと前からない。

 なんか視界にもぼやっと白色が……。

 ドタッ!

 あかりは真っ暗な広い田舎道で倒れてしまった。


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