『普通』の親に育てられたことについて

世間に『毒親』という表現が出てからどれくらい経つだろう。

初めて『毒親』という単語を見た時に得た印象は「大変な人も居るな」という他人事感。

ただふとした瞬間に、自分の親(母)がいわゆる毒親の面を持っていたんじゃないかという気がする時がある。

例えば

ディズニープリンセスを模したドレスやティアラをつけている女の子を見ると、かわいらしいなと微笑ましい気持ちになると同時に、
羨ましいような、少しひがんだような気持ちになるときがある。

親のせいにしたくはないけれど、理由は以下の通りである。

まず私は幼少期に母から
「あおちゃんは可愛くもないし、絵がうまいわけでも音楽が出来るわけでも、運動神経がいいわけでもないんだから勉強しなさい。何の取り柄もない人間になるよ。」と言われたことを忘れていない。

おそらく今、母に聞いてもそんなことは言っていないしあおちゃんは可愛い。どう見ても。というようなことをあたかも心外だという顔をして返してくることまで目に見えているから改めて聞くことはしない。

(あと私の母親はかなりキレることの瞬発力には長けているので逆ギレされてこの先さらに28年消すことの出来ないひどいことを言われる可能性がある)

それから
「あおはディズニーのドレスとか似合わないよ。変だよ。」と言われていたし、そのくせ当時女児の中で憧れのおしゃれブランドだった“エンジェルブルー”とか“デイジーラヴァーズ”の服を着せられていた。自分が今の歳でおしゃれに興味がなく、可能であれば作業着で会社にいきたいけど皆が止めるからやむなくユニクロと無印とギャップで白いシャツと黒いパンツを季節毎に大量にストックしてカフェの店員みたいな格好で通勤していることの根源になっている気がする。あとたまに必要があって(デートとか)アパレルショップで試着するとほぼ確実にその日のうちに知恵熱みたいな熱が出て一晩寝込むはめになる。

ジェーン・スーさんの「ピンクと和解せよ(http://janesuisjapanese.blogspot.com/2014/04/vol19.html?m=1)」という記事を読んだ時にまさにそれだと膝を打った。

ピンクが似合わないと思い込んでいることはある、自分のなかで何かきっかけがあって。

でもいつしかそれは自分の好みと勘違いしてしまう。

まだ続くプチ(?)毒親エピソード。

あおはお嬢様なんだから朝帰りとかしちゃだめでしょ。
え?私がお嬢様?っていうか、もう28歳なんですけど。
ほら、ちょっと毒親感。
自分が実家を出れば良いだけのような話に思えるけれど、これがまた大変なことになる。
女の子が実家を出るのはお嫁に行く時。
え?昭和?というか平成も終わったんですけど、先日。
という流れでかなりケンカになる上に
私も親に恨みがある訳ではないので結局自分が折れて終わってしまう。
彼氏の家にお泊まりも、彼氏と旅行もNG
曰く「婚前旅行なんて不純」。
溢れ出る昭和感。
書いてるうちにだんだん面白くなってきた。
毒親感と昭和感は紙一重なのか?
考察してみたいけどやめとこう。つまんなそうだし。

子供っぽいな、と思いつつ
「○○ちゃんも、△△ちゃんも、彼氏と旅行くらい行ってるよ」とか言ってしまう自分が恥ずかしい。
ちなみに○○ちゃんも△△ちゃんも、母の中では「あおちゃんのお嬢様友達」
いつも○○ちゃんや△△ちゃんも、そんなことしないでしょ。という台詞にも辟易していたのでちょうどいい。
もっと言うと、彼女らは普通に彼氏のアレが大きすぎて入らないとか
こないだナンパされて顔が好みだったからホテル入っちゃったとかそんな話している。この年になったら当たり前だけど、話題として...

ちなみに私はと言えば先日、仕事で接点のあった取引先の若手(26歳そこそこイケメン、でもタイプじゃない)とやっちゃいました。ワンナイト。
仕事に差し障りもなく一回だけの割り切った関係です、ごめんねママ。

ここまで自分の親が毒親かもしれないと言うことについて過去のエピソードとか思い出しつつ検証してみたけれど
今の自分を作っているのは親の教育・育て方・感性の申し送りでありながら
自分にも取捨選択する自由はあるのだし
「親のせい」なんてカッコ悪いこと言いたくない。

最後に、自分が忘れないための話を2つ。

まず一昨年の冬まで付き合っていた元カレ(35歳・元職場の人)
子供は欲しくないのに避妊しないという謎の主張の持ち主だった。
子供欲しくない理由は「自分が小さい頃、父親に虐待されていたから。もし自分が親になったときに子供にどう接したら良いか分からないし自分も父親みたいになってしまうかもしれないのが怖いから。」
オーケー、わかったよ。そこまでは。
で何故ゴムしないの?
「気持ちよくないから。」
え、私の気持ちは?子供欲しくないって言われてるのに万が一出来ちゃったらどうしようとか考えないの?
「俺、子供の時に虐待されてたからかひねくれてて、人に気持ちがよく分からないんだよね。」
はい、アウト。
良い歳した男がいつまでもぐちぐち自分の性格(ひねくれてるとか、対人関係が苦手だとか、相手の気持ちを考えられないとか。)を親のせい(虐待されてたから)にすんな。乗り越えろ、35歳にもなって。
もちろん虐待自体は許されることではないし、彼も辛い過去があるんだなとかそういうことは私だって分かる。
ただその自分が受けた虐待の成果(?)をなぜ数十年越しに他人(恋人ではあったけど)の私に理解を強要するの?
私は彼に子供が欲しくないと言われたことに腹を立てているのではなく
その彼が合わせ技で避妊をしない(気持ちよくないから。という理由だけで、私の気持ちは「自分が幼少期に虐待されていたから共感できない」と「親のせい」にした)ことが頭に来た。
当然その人とはすぐに別れ、友人達からは褒められた。

ハイ次。
これもまた元カレ(28歳・大昔の同級生)
生まれた時からずっと日本に居るハーフの男の子。
フィリピン人のお母さんと日本人のお父さんの間に次男として生を受ける。
これがまたちょっとクセ者。
自分の出来ないこととか知らないこと、苦手なことがあったら全部お母さんのせい。
「俺、親がフィリピン人だからさ。」
既にアウト感は否めないが備忘のためなのでもう少し追記する。
例えばテーブルマナー(格式高いフレンチとかじゃなくて、家で食事をするときレベルの)
お箸をご飯に突き立ててはいけない、とか。
食事のときは左手をテーブルの上に出す、とか。
肘をついてご飯を食べない、とか。
そういうのができない(知らない)。
それは全部親のせい(高校生くらいまでなら最悪それでもいい)。
けどもう社会人何年よ?高卒で10年も働いてて、自分がそういうの苦手だなと思ったら今どき本でもネットでも友達でも何でも教わることできるでしょう。
お金と時間かければ身につくものでしょう。
身につかなくても別にいい、(日本での常識がない人だなと思われてもいい)というスタンスならこちらも別にいいのだけど
そういう文化が持ってないのは親のせい。だから注意されても分かんない。みたいな逃げはどうかと思う。
あおちゃんち行くのも、そういう日本のマナーとかルールみたいの分かんないからイヤ。あおちゃんの親に非常識だって思われるかもしれないし。オレ親フィリピン人だから。
だから俺んち来て。
という感覚の持ち主。
いや、こっちからしたら君の家も異文化なわけよ。それでも慣れようと努力してるわけよ。その努力をなぜ自分はしない?回避できると思ってるの?親がフィリピン人だから、ってセリフだけで。

自分の不備を、いい歳して自分以外のせいにする人間になりたくない。
何事も自分の責任において生きていきたい。
親があってこその私だけれど。

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