怪物と、海老名SA

【めちゃくちゃネタバレ注意】

#怪物をみた

劇場を出た後も、ずーんと胸に重りがのしかかったように苦しくて。人から人への思慕をあんなに鮮やかに描けるのはさすが坂元裕二!と考えながら、いやいやそんなロジカルな理屈に委ねなくとも、この「苦しみ」だけで充分に見た価値はあったと被りを振る。そして、大垣書店に直行して、買ったばかりのシナリオブックを読みながら思い出した作品があった。

坂元裕二「不帰の初恋、海老名SA」である。

「初恋と不倫」という、朗読劇の戯曲集に収録されている作品なのだが、これまた読後はまあまあ引きずる。途中、交通事故を詳細に表した描写があるのでグロ注意。物語の内容としては、担任の秘密を握ってしまったがために教室で「透明人間」の扱いを受けている少年と、少年を気にかける少女の中学生時代の手紙のやり取り、そして大人になってからのメールのやり取りとなっている。教師との軋轢を抱えた少年―もとい広志は、最初こそ少女―明希を冷たく突き放しているが、手紙のやりとりを重ねるうちにだんだんと心を許すようになり、ある時ショッピングセンタームラハマの屋上で手のひらと手のひらを重ねる。大人になって再びやり取りが再開された時、明希はあの日の出来事を、「特別なことでした」と振り返る―

この説明からわかる通り、この作品は男性と女性が主人公のシス恋愛作品である。(明希がアセクシャルであることを仄めかすシーンはあるが)しかし、2019年に発表された公演のキャストに満島ひかりさんとのんさんの2人の名前があったのだ。発表を受けて戯曲を読み返した時、初めてそこにあるセリフにいわゆる男言葉/女言葉がなく、ジェンダーフリーな言葉遣いがなされていることに気づいた 。もちろん、Female/Femaleで上演するにあたり改変はされていたようだが、登場人物の性別が変わってもストーリー展開に滞りのないことに驚いた。
また、両作で対照的なのが、転校を甘んじて受けいれた明希と、転校を受け入れず、全てを捨てて湊と過ごすことを選んだ依里だ。もちろん依里のほうは命の危険が迫っているので逃げざるを得なかったのかもしれないが…。大人になってから再会する明希と広志の姿は、湊と依里のifであり、離ればなれになることの無かった湊と依里の姿は明希と広志のifなのかもしれないと感じた。

(2023.7.2追記)
鑑賞1度目でかなりメンタルを持ってかれたので、もう劇場では見れねえ…と思ってたが、ティーチインが京都で行われるとのことで2度目をキメてきた。是枝監督安藤さん柊木さんが映画の後に登壇することが分かっていたので、あのシーンでもこのシーンでと何とか平静を保っていられた。1度目はポカーンとしてしまったが、2度目は泣く余裕もできた。
ティーチインで印象的だったのが、「ラストシーンは天国なのか」という質問に対して、柊木さんが、「あれは新しい希望を持って生きるシーン」みたいなことを仰ったところ。私含め、あらゆる考察厨たちが、「顔に土がついてるから生まれ変わった!」「線路のバリケードが取れてるから死後の世界!」みたいな決めつけをしていたのを一蹴してくれたのが気持ち良かった。もしあのまま2人が死んでたら、物語としての美しさを追求するあまりに(マイノリティは死ななければ報われない)というメッセージに受け取られかねないシーンになってしまう。ただ綺麗なエンディングに収まることなく、自分たちを肯定して人生を生きることを決めた2人が緑の中を駆ける姿が眩しくてしょうがなかった。

ふくろう


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?