幻聴

罵声を上げる男性、赤子の鳴き声、女性の潜めた声、問かけることを辞めない少年
私は誰一人として正体を知らなかった
突如、四方八方から会話を繰り広げては嵐のように去ってゆく
いつからか、街の音や電車の音も流れるようになった
瞬間的に都会の中へ放り出され、都市の中心で全ての音を細く薄く脆い体に全体にぶつけられた
最初は恐怖に感じたが、次第に慣れ、いつしか干渉してみたくなった
それぞれが発している声は毎回ノイズ混じりのようになっているため聞き取ることは出来ないが、返答をしてみた
しかし、こちらからの干渉は出来ないらしく返答をしても何も返ってくることはなかった

いつかを境に何も聞こえなくなった
あぁ、また1人になってしまったのかと思った
そもそも1人の空間を1人で埋めつくしていたのだから悲しむ必要は無いのだが、長らくあったものが無くなるとそれはそれで寂しさが生まれるのだ
1人の空間を1人で埋められなくなり、空白が目立つようになり、終いには空虚になった

ある日、問いかけることを辞めない少年が訪れた
少年は昔のように声が出せなかったので、私の声を貸してあげた
ノイズ混じりの声ではなくはっきりとした私の声で問い続ける
彼の問いにはいつも正解がなく、正解を求めることが正しいと大人から教わって育った私からしたら引っかかるものが多いが、それも次第に許せるようになった

私の体がたくさんのところに繋がれ、動けなくなり、溶けだしてしまった時にも、彼は1番近くで問いを続けた
彼は救うことを望んだのか
私は救われようとしたのか
問いを問いで返すだけの反復運動
それでもその時だけは形の無い、小さく、すぐに無くしてしまう何かを溶けだした体のどこかから感じていた

彼は今も隣で問いを続けている
「生まれ変わったら何になりたい?」
「魚と鳥選んで?」
「救われたい?」