壊れた頭を引きずっている

黒い金魚が波紋を描きながらゆらゆらと頭の中を泳いでいる
それを見つめる親子には形がなく、夕陽に照らされてできた影だけがその存在を示していた
息子へ話しかける父親の横顔、父親の大きな手を離さぬようにしっかりと繋ぎ会話を返す息子
形のないものが美しさを増し、このままでいて欲しいと思った
幸せというものを深さを知った
体の奥底が大きく揺れたのを感じた

いつかに医者から貰った赤い目薬を注す
視界がゆがみ始め、瞳孔が静かにゆっくりと開いてゆくのを感じる
薬が完全に効いた頃には焦点が合わず、文字を読むことが出来なくなり、少しの光さえピンスポットライトのようにとても眩しく感じた
五感のひとつを失ったというのに、失うよりも隠されたに近い感覚がした
依存するという恐怖を忘れたかのように不快感を感じることはなかった

私たちはたくさんのものを求めすぎた
両手から溢れるほど、体に収まりきらないほどのものを貰っているというのに、それでもまだ物足りないと言う
器を自ら満たすことさえできやしないのに
だからこそ形のない親子や見えなくなった目、壊れた頭が羨ましくなった
しかし、もう手にしてしまったものを無かったことには出来ない
それなら初めから無い方が幸せなのだと言い始める
私は嫌になって器を叩き割り、掬うこと、掬われることを拒んだ

まだ私たちは白痴の美しさに気がつくことが出来ない
彼女の微笑み、彼女の声、彼女の髪型、スカートが揺れたこと
何一つ思い出せなくても、愛することさえ知っていればいい
誰が教えてくれた?
また声がひとつ消えたらしい