凩が凪いだ

もうとっくの昔に夏は通り過ぎ、あっという間に秋が訪れていてた
肌寒さと共に満たないという感覚が加速し、嵐が来る前静けさのような澄んだ空気が漂っている 

空っぽであることを隠すかのように身体に音楽を流し、大した目的もなく歩いていた
幼い頃によく遊んでいた公園の前を通ると、甘い香りに誘われた
そうか、もう金木犀が咲く季節になったのかと今更ながらに気が付いた
金木犀の香りに包まれるその瞬間だけは何にも触れられることのない唯一の自由を得た気になる
しかし、それと同時にものすごい速さで遠くの深いところから幼い頃の記憶が引き出され、私を侵食していく 
そうだ、私はこの感覚に怯えていたのだと事を終えてから思い出す
ポンコツな頭は何年も同じことを繰り返しているのにも関わらず、一向に覚えるということを成すことはない
凩が吹く頃にはもう綺麗さっぱり忘れてしまっているのだろう

セピアの中、遠くの方で母が呼んでいるのが聞こえる
優しい母が金木犀を見つめて私に花の説明をしてくれている
けれど、それは私の母ではなく、いつまでも私の体を蝕み弄ぶ偽物が姿を真似ているだけの傀儡だ
そうと知っていながらも私はいつまでも幻想の中に、創られた幸せに体を沈ませている
金木犀の花が落ち、凩が強く吹いても気がつくことはない
凪いだ空間で呼吸を止め、幻想の中の更に深いところまで潜ってゆく