はるの報せ

 夜と朝の寒暖差、広すぎて狭すぎてどこにも行けないこの世界が靄に包まれ、真なる姿を人目から隠すその間際。
 それはもうとても長い眠りの中、凍てつくほどに厳しい冬を乗り越えた生き物たちは、はち切れんばかりに大きく膨らんだ蕾に亀裂が入り、優美に花ひらく音を耳にした。氷がゆっくりと溶け出して体温を取り戻すかのように目覚めた彼らの鼓動は、つながり続けるこの地を伝って響いてゆき、彼らが大きく呼吸をすることで無色透明なこの大気をゆらしてゆく。
 そんな些細な変化を、命たちの目覚めを感じ、私もまた永遠かと思われるほどに長い眠りから目を覚まそうとしていた。この世でもあの世でもない地獄、その狭間へと滑らした遺体のように冷たくなった体、その心の臓を絶妙な加減で動かしてゆく。歯車が噛み合うかのように膨らんで萎む肺は微かな呼吸を繰り返し、わずかな温もりを得た血液が全身をゆっくりと巡り始め、体温を上げてゆく。目を開き、嫌というほどの光を捉えたら最期、待ちくたびれた終わりと始まりが呆れ顔を見せ、決して望みもしなかったひとりきりのカーテンコールが始まる。

 貧弱で不健康な私は、今年も絡まるほどの根を張り、健やかな芽を出そうとする病の音に怯えていた。「あの根にとり込まれたらもう外の世界へは行けなくなる。」そう思った私は、手足に深く食い込み癒着した枷を力任せに引き千切り、粘り気のある赤黒い液体を垂れ流しながらあてもなく駆けていった。
 桜の花が早々に散り、木々が若葉に生い茂る最中、暖かな陽の目を体いっぱいに浴びた。それはもう、わたしだけのものと言わんばかりに。いや、わたしだけのものだと思った。
 私の体を包み込んでいたはずのわたしだけの温かな光は私を許すことはなく、体を突き抜けていた。けれど、不思議と痛みはなかった。長い間、繋がれ続け、ほとんどの感覚を手放すことでしか生きられなかった私は、もう痛みすらも忘れてしまった。足元には大きな水溜りができ、蒸発してゆく。終わりまで愛されなかったのだと思うと腹の底から笑いが起きた。もう、笑うしかなかった。

 そちらには春という季節があるのだろうか?退屈な日々を過ごしていないだろうか?あなたの好きだった音楽はその場所まで届いているのだろうか?大好きだったお酒はあるのだろうか?私たちがたくさんもたせてしまったあなたの宝物は荷物になっていないだろうか?
 いつかに誰かから聞いたのだけれど、私たちがあなたの話をすると、あなたの周りにたくさんの花が咲くらしい。どんな花が咲いたのか、どんな匂いがするのか、どんな色をしているのか、いつか教えて欲しいな。その時には私の土産話をつまみにして、宴でもしてさ、好きだった音楽を歌おうか。

 枯れ始めた春はもう時期終わろうとしている。そんな春の死んでいく様を眺めている。わたしはあと何度この春を迎えるのだろう。