白痴

「優しいね」
その言葉はきっと呪いと同じだ
君がその言葉を僕に向けて飛ばす度に、僕は少しずつ、少しずつ、意識よりも遠いところで砂の城が崩れるように、きめ細やかな音を立てて失っていく
知らなかったんだ、そう僕もね

そういえば何も貰ったことがなかったし、何もあげたことがなかった
形とは違う何かを残したのだと思えば、それはそれで安心したのかもしれない
日が傾いても、夜を迎えても、何かが始まり、何かが終わっても変わらずいてくれればそれで良かった

熱帯夜という言葉は大人びていて嫌いだった
こんなにも響きのいい言葉なのに、大人の汚さが垣間見えるようで吐き気がした
いつも吐き出すことが出来ず、僕の体の中をまわり続けている
繋がれたところ全てを経由して、道を間違えることなく、循環を繰り返す

なんとなく予想はついていたんだ
肌寒さを感じていたんだ
勘というものは時によく当たるものらしい
そんなことに嫌気がさした
ベンチで屍になったことを今でもよく覚えている

「自分を自由にしてあげてください」
そう言われてもどうすることも出来ない
自己を犠牲にし、他者への優しさへと極振りすることで全てのバランスを保っていたのだから
今更、辞書で自愛の意味を調べても余白は余白のままで

酷く捻れ歪む感覚に脅え、耐えながら呼吸を繰り返す
慈愛の意味を知ることも無く、嫌悪は増幅してゆく
余白は広がり蝕み始めた

何も知らなかった、僕らは何も