0515

詫びの連絡を3回入れた。
「ごめん、間に合わなそうだから先に入ってて」
「ごめん、もうちょっとかかりそう」
「ごめん、二次会あるならそっから合流する」

仏様であろうと3回が限界だというのだから、幹事の堪忍袋はいつ緒が切れてもおかしくない。
「店決まったら連絡する!」と返信が来たころ、ようやく会社を抜け出すことができた。
繁忙期の残業は慣れたものだったが、時間配分を誤った。19時開始の飲み会に、19時退社の人間が参加できるはずがない。
会社から高田馬場までは1時間弱かかる。1時間だけ残業して向かえば、21時から始まるであろう二次会には間に合う。

電車に揺られながら、幹事に「9時には合流できそう」とメッセージを送った。
初任給で購入したタブレット端末を取り出す。
あんなに毛嫌いしていた電子書籍も、慣れてみれば悪くない。
一人暮らしのワンルームには、文庫本が500冊積まれていた。段ボール換算で正味5箱。部屋の隅に置いているから邪魔にはならないが、見ばえは良くない。
「騙されたと思って、買ってみなよ。案外悪くないからさ」
読書家の友人にそそのかされ、家電量販店で勧められるがままに購入した。
なるほど、たしかに、悪くない。

ポケットのスマートフォンが震える。
「今日、泊まってもいい?」
合鍵を渡せるくらいの仲の人からの連絡だった。
「いいけど、飲み会だから帰るの遅くなると思う」
「わかった 待ってる」
その人はまったく不満を言わない。週に一度きりの会うチャンスに飲み会の予定を入れるなんて、と思っているのかもしれないが、口には出さない。
だから私は想像をして、行動をする。
今日は二次会が終わったら真っすぐ帰ろうと決めた。
そういえば、明日で3ヶ月になる。どんなに楽しい交際だとしても、はじめの3ヶ月がピークらしいが、それはきっと嘘だ。
3ヶ月のお試し期間が終われば、そのまま継続したくなるものだ。

一次会で既にできあがっていたゼミの友人たちを見ていると、大学の頃を簡単に思い出せる。そんなに時間が経っていないのだから、当然といえば当然だ。
学生のときには敷居が高くて越えられなかった店の座敷は、居心地が良かった。背伸びをしているわけではない。これが社会人になった私たちの等身大だ。
ハイボールで乾杯をして、堰を切ったように近況報告が始まる。
二次会で抜けるためにピッチを落として飲んでいても、友人たちは何も言わない。そういう距離感が、このゼミの好きなところだ。
途中でトイレに立ったときに、すれ違った幹事に直接詫びた。何について詫びているのかすらわからなかったようだが、こちらの気持ちの問題だからまあいい。

21時過ぎに始まった二次会は気づけば2時間が経過し、ぽつりぽつりと人が減りはじめた。
その波に乗ろうとしたところで、凪が訪れた。
「もう一軒、行けるっしょ?」
「実は校了前でさ」
魔法の言葉、校了前。嘘はついていない。校了は次の校了前を生む。
仕事を引き合いに出されると、それ以上は誘いづらくなる。社会人の便利でズルいところだ。

居酒屋を抜け出してLINEを開くと、1時間前に着信があった。すぐに掛け直すがコール音が延々と鳴るばかり。ヒツジが首を傾げているスタンプを送っても既読にはならない。
電車に揺られている間も、駅に着いても、マンションのエレベーターでも、部屋の鍵を開けても、既読はつかなかった。

鍵を開け、真っ暗な部屋に向かって、画面に表示されているものと同じ名前を呼ぶ。
返事はない。
その瞬間、既読がついた。
「おかえり、遅かったね」

真っ暗な部屋で時計がかちりと鳴る。
ちょうど日付が変わったのだ。
だから、これ以上のことは記すことができない。

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