0503

破裂音と同時に歓声と悲鳴が上がる。真夏日の空を切り裂くように白球はグングン伸び、フェンスに直撃した。ホームチームの中堅手がクッションボールを拾い上げたときには、バッターランナーは一塁ベースを蹴っていた。
誰もが二塁は悠々セーフだと確信していた。中堅手でさえ山なりのボールを内野に返したくらいだ。
そのルーキーだけは違った。二塁ベースには目もくれず、そのまま走り続ける。
たしかに中堅手の返球はお粗末だったし、ルーキーは脚力を持ち味としている。今日の試合、代走で記念すべきプロ初出場を果たし、初盗塁も記録した。
そして迎えた初打席だった。点差が開いたまま迎えた最終回だから、二塁ランナーとして残ろうが、走塁死しようが、チームの勝敗にはさほど影響はない。
とはいえ、完全な「暴走」だ。
印象はあまり良くない。
ゴールデンウィーク中の日曜日とあって満員の球場からは、ため息も漏れ出した。プロデビューを祝福していたファンたちでさえ、彼の今後に不安を感じる。褒められたプレーではないし、ことチームプレーにおいては出すぎた真似と言わざるを得ない。
試合後、ルーキーは弊誌のインタビューに応じてくれた。だいぶ前から「期待のルーキー特集」として組まれていた取材だった。前日に1軍登録されて取材場所が急遽変更になったためカメラマンと慌てたが、結果的にデビュー日に独占インタビューをできることになった。
トレーニングウェアで現れた彼は、開口一番「今日、取材できるのはラッキーですよ」と場を和ませた。「でっかく使ってくださいよ」
大卒ルーキーでドラフト1位。同い年とは思えないほど、大物感が溢れている。インタビューの直前まで入念に質問内容を確認している自分とは大違いだ。

「まずはデビューおめでとうございます」
カンペにない言葉だが、これは本心だ。
「初物づくしの1日になりましたが、いかがでしたか?」
「プロ野球人生という意味では、始まりの日になりましたが、盗塁もヒットも積み重ねなので、あまり意識していないです」
「塵も積もれば山となる、ということですね」
なぜか口をついて出たフレーズは、自分では気の利いたことを言ったつもりだったが、ルーキーはピンと来ていない。
「いろいろな意味で、爪痕は残せたんじゃないかな、と思います」
「爪痕、というと、あれですか」
「あれですね」

二塁ベースを回ったルーキーは、最高速度を維持したまま三塁ベース目がけてヘッドスライディングをした。そのヘルメットを三塁手のグラブがポンポンと叩く。
記録上はアウトだ。ただし、彼の名誉のために記しておくと、間一髪だった。雑誌に記すことで、私たちの記憶は記録になる。
ベンチに下がるルーキーには、両軍のファンから惜しみない拍手が送られた。

「三塁は、どこから狙っていました?」
「一塁を回ったときですね。クッションボールの処理が早かったぶん、二塁で止まると思うだろうなって。二塁で刺せるようなタイミングでもなかったし」
「三塁もセーフになるつもりで走っていたわけですね」
「そりゃそうでしょ。死ぬつもりで生きている人なんていないですよ」
彼の言う「死」は「アウト」のことであるとわかるが、誤解を招く表現は使わないほうがいい。メモ帳にバツ印をつける。
「理想とする選手はいますか?」
「それはもちろん、赤星さんですね」
そう言って、ルーキーは背中を見せた。トレーニングウェアの無地の背中は汗で透けていて、そこに彼が背負う番号が見えた気がした。
さらに、その先には、3ヶ月後に迫った東京オリンピックの舞台で、彼が躍動している姿が想像できた。
そのとき、同じようにインタビューができているだろうか。
いや、同じようにではダメだ。今よりもっと成長して、良いインタビューができているだろうか。
いや、できている。絶対に。

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