「従魔はお家に帰りたいっ!」第2話

■リヴィエール王国、王城


獅子姿のリーシュラが退屈そうにしている。


〈勇者の仕事は、魔王討伐に行くこと だから、従魔召喚まで終わったからにはすぐにでも旅立つはずだと思ったのに〉


リーシュラ「あははっ! 人間って、馬鹿ねぇ!」


〈私が召喚されてから、早三日 その間愚かな人間たちが何をやっているかといえば――権力闘争だ〉


王妃アンジュ「いくら勇者選定の石版に選ばれたとしても、やはりレイス王子では心許のうございます ねぇ、陛下 勇者はもう一度選定し直しましょうよ 我が子オズワルドならば腕に覚えがございます わざわざあんなに頼りない子に勇者の仕事を任せることはありませんわ」

国王グースティ「うーん、そうだなあ……」


〈この国の政治は、王妃派と貴族派という二つの勢力がせめぎ合っているようだ 王妃派は、王妃アンジュの祖国である隣国・バルファルディ皇国に近づこうとする一派 一方の貴族派は、王国が独立独歩の未来を歩むことを志向する一派 現在は、王妃アンジュとその子である第一王子オズワルドの勢いを受けて、王妃派が圧倒的な権勢を誇っている ところが、その盤石の基盤にヒビを入れかねない事案が発生した 貴族派家門出身の亡き側妃を母に持つ第二王子レイスが、勇者選定の儀で勇者に選ばれたためだ〉


■回想、神殿にて「勇者選定の儀」


二人の王子を前に、神官が粛々と説明をする。


神官「これより両王子殿下の勇者選定の儀を始めます 勇者に相応しい人物が触れた場合、この勇者選定の石版が青く発光します お二人とも光らない場合もございますが、こればかりは神のみぞ知ること どうかご理解いただけますように それでは、まずはオズワルド第一王子殿下からお願いいたします」


オズワルドが意気揚々と石版に触れるが、何も起こらない。


オズワルド「……くっそ」


吐き捨てて、オズワルドは元の位置に戻る。


神官「それでは次に、レイス第二王子殿下」


おずおずとレイスが触れた瞬間、石版が強く発光した。


オズワルド「はあっ?」

アンジュ「そんな、まさか!」


顔を歪めるアンジュやオズワルドたち。


神官「せ、石版が光りました! 従いまして、レイス殿下が新たな勇者として選定されましたことをここに宣言いたします! 殿下、こちらの聖剣をお受け取りください!」


神官から美しい一振りの剣を渡されるレイス。


〈「勇者」の国民人気や影響力というものはなかなか侮れない それゆえに、王妃派はオズワルド殿下でなくとも良いから自分の派閥から勇者を出そうと躍起になっていた それなのに、よりにもよって勇者に選ばれたのは他派閥の、しかも曲がりなりにも王子の地位を戴いている男子〉


アンジュ「……レイスでは駄目よ! 絶対に駄目!」


ぎりりと歯噛みするアンジュ。


〈今、王妃派はレイス殿下を勇者の座から引きずり降ろそうとしている 実は勇者というものは、先代が死亡した場合は今回のように石版で選ぶため次の勇者が誰になるかは分からない しかし生きている場合は、聖剣を引き渡すことで次の勇者を指名して力を引き継ぐことが可能であるらしい だから王妃派は、しきりにレイス殿下に聖剣を第一王子に渡すように迫っているのだ お前のような弱い者に勇者など務まらないと囁いて〉


■回想終了、リヴィエール王国の王城に場面は戻る


リーシュラ「魔王に立ち向かう以前に、仲間割れを起こしているんだから! 本当にどうしようもないわねぇ、人間って 早く帰りたいから、さっさと魔王城うちへの旅に出てほしいんだけれど まあ、何日かすれば話はまとまるでしょう」


初めはせせら笑って高みの見物を決め込んでいたリーシュラだが……。


〈一日経過――〉


争い続ける人間たち。まだリーシュラに余裕はある。


〈三日経過――〉


まだ争う人間たち。リーシュラ、少しずつ苛立ち始める。


〈十日経過――〉


まだまだ争う人間たち。リーシュラ、イライラが爆発寸前。

そして、一気に感情が弾ける。


リーシュラ「ちょっと! 何なのよ! 全然出発できないじゃあないの!!」


〈このままじゃあ駄目だわ!! そう悟った私は、ひたすら傍観に徹していたスタンスを変えることにした〉


リーシュラ「こうなったら、勇者に直談判よ なんたってあの人間は私の召喚主なのだからね 私にも文句をつける権利くらいはあるってものでしょうよ」


■レイスに与えられた宮殿(中央の宮殿から離れた位置で、寂れており、人影もほとんど見えない)


すたすたと廊下を歩くリーシュラ。

人間の国に飛ばされてからずっと獅子姿だったリーシュラは、ここで初めて人型に姿を変える。


リーシュラ「ここは本当に、王子の住む宮殿とは思えない寂れっぷりね……」


〈長年、王妃派の圧倒的な力を前にして、貴族派の血を引くレイス殿下は王宮の片隅で息を潜めて暮らすことを強いられてきたという 王妃や第一王子に恭順し 自分の宮からあまり出ず 王位継承の意思など欠片も示さず 徹底して存在感を消して 常にびくびくとした様子で、その姿は誰の目から見ても王たる素質のない王子 だからこそ、彼はここまで辛うじて生かされてきたのだろう〉


リーシュラ「第一王子に対抗できる優秀な人物であったなら、とうに殺されていたに違いないものね そしてそんな不遇の王子だからこそ、住まう宮殿がこんな状態になっている、と 使用人もほとんど見かけないし」


〈召喚されてから、レイス殿下の従魔である私もこの宮殿の一室を居室として与えられている 彼は一応私の世話を使用人に命じていたけれど、手が回っていないようで私は結局完全に放置状態となっていた 彼本人も自室に引きこもっていることが多く、私に会いに来たことはない〉


リーシュラ「おかげで好き勝手に歩き回って食料調達や情報収集に励めたから、別に良いんだけれどね ……っと、ここね レイス殿下の部屋は」


他の部屋よりも重厚な扉の前でリーシュラは立ち止まり、大きく息を吐いて気持ちを落ち着けてからノックをする。

やや間を空けて、レイスからの返答が。


レイス「……侍女か? 用がある時はこちらから呼ぶから――」

リーシュラ「お邪魔するわ」

レイス「えっ」


レイスの発言を無視して入室するリーシュラ。

突然現れた見たことのない女の姿に狼狽えた様子のレイス。


レイス「だ、誰だ?」

リーシュラ「あら、もう自分の召喚獣も忘れてしまったのかしら」


少しわざとらしいくらいの堂々とした態度でそう宣ったリーシュラに、レイスは瞠目した。


レイス「……召喚獣? まさか、従魔殿なのか?」

リーシュラ「そうよ 私はあなたに召喚された魔人よ 不本意ながらね 魔人だから、魔獣型だけでなく人型も取れるってわけ まあ、従魔として召喚されたから、この国にいるうちは混乱を避けるためにも基本的には魔獣型でいるつもりだけれど そして、いちいち従魔、従魔と呼ばれるのは癪ね 良いわ、リーシュラと呼ぶことを許してあげる」


ツンとした感じで言い放つリーシュラ。


〈魔王の娘だということはわざわざ言わないけれど、従魔と呼ばれると勇者なんかに召喚された現実を突きつけられて地味に刺さる だから名前くらいは教えてあげよう〉


レイス「……魔人 リーシュラ……」


呟きつつ、ぼうっとした様子でリーシュラを見つめるレイス。


リーシュラ「……何よ?」

レイス「いや、すまない ただ、可愛い獅子だと思っていたリーシュラがあまりにも綺麗な女性だったから驚いてしまって」

リーシュラ「……っ!」


思わず言葉がこぼれ出たといった調子で、だからこそ嘘ではない様子のレイス。

リーシュラはじわりと赤くなる頬を反射的に隠した。


〈魔界では魔王やその血族の容姿について語ることは伝統的にあまり奨励されない そのため、面と向かって私の容姿について何か言うような者はいなかった だから、こういう時にどういう反応をしたら良いのか分からない〉


リーシュラ「そ、れはどうも!」


〈私にとって容姿を褒められないのは当然のこと 美しいと褒め称えられる令嬢たちに羨望の眼差しを送ったことなんかない……わけではない 正直、令嬢たちが羨ましいなあと思ったことはある 本当にちょっぴりだけど! でも、実際に褒められてみるとむず痒くて仕方ない ……いや、勇者ごときの言葉に動揺してどうするのよ! まさか言葉でこのリーシュラ様わたしを惑わして手懐けようとしているの? 小癪な! 弱そうでも勇者は勇者 侮れないわね〉


リーシュラ「危ない危ない」


ぼそりと呟いて言葉を重ねるリーシュラ。


リーシュラ「そ、そんなことよりも私、あなたに言いたいことがあってここに来たの! ねえ、どうしてさっさと魔王討伐の旅に出ないのよ! 王妃派と貴族派が揉めていることは知っているけれど それでもとにかくなんでも良いから、今の状況をあなたの口からちゃんと説明してちょうだい!」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?