「従魔はおうちに帰りたいっ!」第3話

リーシュラ「今の状況をあなたの口からちゃんと説明してちょうだい!」


〈びしりと指を突きつけて問うた結果、分かったのは――〉


リーシュラ「王妃派から勇者の座から下りるよう執拗に迫られている…… 私が情報収集した通りの状況で間違いないのね」

レイス「……うん もともと俺は別に勇者の地位にこだわりがあるわけではなかったし、異母兄あには俺よりも優秀で剣の腕も立つから…… だから、彼らの言う通り勇者の座から下りることに文句なんかない、はずで……」

リーシュラ「……ぷっ 嘘つき」


思わず吹き出し、ぼそりと呟いたリーシュラ。


〈なるほどね 現在の膠着状態に至った過程が見えたわ〉


リーシュラ「ねえ もしそれが本心だとしたら、どうしてこれまで返事を保留してきたの? こんなところに引きこもってばかりいないで、さっさと勇者の座なんかくれてやるって言ってしまえば良かったのに」

レイス「それは……」


一歩ずつレイスとの距離を詰めていくリーシュラ。


リーシュラ「そして何より、私という存在が今ここにいることが一番の証拠でしょう 勇者になる気がないなら、なんで従魔召喚なんかしたのよ?」

レイス「……」


ぐっと唇を噛むレイス。リーシュラは彼の至近距離に立った。


リーシュラ「要するに! 結局のところ、あなたは勇者になりたいのよ でも同時に、王妃派に逆らうことへの恐れもある 自分が勇者になるとはっきり宣言した瞬間に、彼らとの対立が完全完璧に決定的になることは目に見えているものね それを考えると足が竦んで、身動きが取れなかった ……違う?」


大きく間を空けて、一言。


レイス「……違わない うん、リーシュラの言う通りだ 俺は勇者になりたいんだな 王妃派に逆らってはいけない、勇者になってはいけないという思いが強すぎたせいで、自分でも自分の気持ちが分からなくなっていたみたい」


〈おそらくそれは、彼が本能的に取ってきた一つの生存戦略だったのだろう そもそも「レイス殿下は不出来な第二王子である」ということが自他ともに共通認識になっている現状は、かなりおかしい 魔界軍で司令官の一人に叙せられ、兵たちの成長を見てきた私だから分かる この人間が持つ潜在能力は、かなりのものであると それが全然発揮できていないのは、彼自身が自分の才覚に蓋をしているから 自分は不出来な人間だと、そう過剰なまでに思い込んで自分を縛ってきたせいに違いない〉


リーシュラ「ねえ、きっとあなたは自分に自己暗示をかけてしまったのよ 自分が兄よりも優れているはずがない より正確に言うならば、優れていてはいけない、と そうでなければ殺されてしまうから でもそんなふうに長い間繰り返し考えているうちに、いつしかそれが自分自身の中で真実になった 持っている力すらきちんと発揮できなくなり、結果として今の不出来な第二王子が出来上がった」


〈さっきの発言もその一環 自分は勇者にふさわしくない 異母兄は優秀で勇者の地位にふさわしい そう口に出すことで、それを自分の中で真実のものとしようとしたのだろう 勇者になりたいという本心を、心の中からきれいさっぱり消し去るために でも、まだその心は消えていない 消えていないから、聖剣を引き渡すことを躊躇している だったら私は、そんな彼の心理を上手く突いてやれば良い そうすれば、彼の心はドミノ倒しのように一気に動いていくことになるだろうから〉


リーシュラ「勇者になりたいのなら、なれば良いじゃないの」

レイス「……でも、自信がない 自分が異母兄あになどよりも勇者にふさわしいと胸を張って言える自信がないんだ 俺は別に、優秀な人間ではないから だったら穏便に勇者の座を渡し、王妃派を敵に回さずにいたほうが賢明では、と思ってしまう」


〈まあ、長年染み付いた思考回路をさっくり捨てられるわけはないわね〉


小さく息を吐いたリーシュラは、堂々と言い放った。


リーシュラ「自分を信じられないのなら、このリーシュラ様わたしを信じなさい! 私を召喚した人間が不出来なわけがないじゃない! あなたの能力は、私が保証する だから、私を召喚したあなたの力を信じるのよ!」


〈なにせ私は、誇り高き魔王の娘! 魔王の娘を召喚できる人間がそうそういてたまるものですか! ……とは、わざわざ言ってやりはしないけれどね でも、私の素性を明かさない範囲でなるべく近いことは言ってやったつもりだ でも……そう簡単に納得はしないか〉


まだはっきりしない態度のレイスにリーシュラがどうしようかと考えていた、その時。部屋の扉をこんこんとノックする音が響く。

リーシュラは反射的に魔獣型に変化した。


侍女「し、失礼いたします レイス殿下、オズワルド殿下がいらし……きゃっ」

オズワルド「入るぞ」


侍女が入室許可を取るのを待たず、オズワルドは侍女を押しのけるようにして入ってきた。


レイス「あ、兄上? どうなさいました? わざわざこのようなところまで……」

オズワルド「そろそろ心が決まったかと思ってな 返事を聞きに来た 正確には、聖剣を受け取りに来たと言うべきか」


横柄な態度で、傲岸不遜に言い放つオズワルド。


〈なるほど オズワルド第一王子は信じて疑っていなかったらしい レイス殿下がどれだけ返答を渋っていようとも、最終的には勇者の地位を明け渡すものであると さてレイス殿下はどう対応するのかしら?〉


横目でレイスの様子を確認したリーシュラだったが……。


レイス「うっ、それは……」


どこか萎縮した様子のレイスは、聖剣を渡そうか迷っているように見える。

少なくとも、要求をきっぱり突っぱねることは出来ていなかった。


〈うーん、嫌だと思ってもはっきり言えないか やっぱり本人に勇者としてやっていける自信がないのが良くないわね だったら……自信をつけさせてあげようかしら この男を利用して!〉


リーシュラはさっとオズワルドに駆け寄り、そして……彼の脚を獅子の牙で軽くかぷりと噛んだ。

一瞬空気が凍る。だがすぐに意識を引き戻したオズワルドはぴょんと派手に飛び上がり、素っ頓狂な声をあげた。


オズワルド「うわっ! こ、こいつ! な、何をする!!」

レイス「リーシュラ!?」


〈ふん 甘噛みだっていうのに、全くもう大げさなんだから〉


慌てるレイスに体を引っ張られ、すんなりと口を離すリーシュラ。

オズワルドはこちらをきっと睨みつけ、口角泡を飛ばす勢いで叫んだ。


オズワルド「レイス、お前…… こいつに俺をいきなり襲わせるなんてどういう了見だ!? 勇者の座は渡さないという宣戦布告か!? 宣戦布告なんだな!? そうなんだな!?」

レイス「えっ いや、そういうわけじゃ……」

オズワルド「よし、良いだろう お前の挑戦、受けて立ってやるよ! 明日の正午、第一鍛錬場に来い 決闘だ! そして、勝者が勇者として立つんだ! 逃げも隠れもするんじゃないぞ!!」

レイス「ちょっ、待っ……!」


鼻息荒く立ち去るオズワルド。

レイスはその背をただ見送ることしか出来なかった。


レイス「リ、リーシュラ! どうして突然こんなことを……!」


慌てるレイスを横目に、リーシュラは人型に戻る。


リーシュラ「どうして、ですって? それは、あなたが勇者になりたいと思っているからよ あなたの代わりに、私がお返事してやったの あなたの要求は受け入れられません、ってね」


ふふんと鼻で笑うリーシュラに、レイスは眉を下げる。


レイス「それはまあ、確かに勇者にはなりたいけれど…… でも、兄上と決闘だなんて…… 勝てるとは思えないよ 俺だけでなく、きっと誰の目から見てもそうだろう」

リーシュラ「だからこそ、戦う価値があるってものよ 勝利すれば、あなたの自信も他者からの評価も、一気に引き上げることが出来るんだから」


なおも自信なさそうにしているレイスの肩に、リーシュラはぽんと手を置いた。


リーシュラ「もう一度言うわ 良い? リーシュラ様わたしを信じなさい あなた自身が信じていないあなたの力、この私が見せてあげるから」


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