老婆心で言ってるんだけどね
アルバイトをしなければと思い、早朝に求人サイトで応募をした。先ほど、採用担当の方からメッセージが届いた。
はじめまして(中略)
面接の日時をご相談したいので、お手数ですがお電話を頂いても宜しいでしょうか?お時間はいつでも大丈夫です。よろしくお願い致します。
ちなみに、私が応募したのはいちご農家を手伝うアルバイトだ。というのも、私は些細なことですぐ心がズタズタになってしまうため、のどかな場所で心の落ち着く仕事がしたかった。
だから、メッセージが届いた時、心躍らずにはいられなかった。これから、私といちごのハッピーライフが始まる。
いちご♪いちご♪
思わずそう口ずさむ。二十一年、これほど無邪気に笑ったことがあっただろうか。いちご♪いちご♪あー楽し♪すぐに電話かけよ♪
プルルルル
「もしもし」
「あ、アルバイトで応募した増山です」
「あ〜こんにちは〜!」
女性の声だ。何となく男性が出ると思っていたので、少し驚く。
「早速だけど、質問してもいい〜?」
「大丈夫です」
「週にどのくらい入れそう?」
「週4くらいは入れると思います」
「あ〜」
私はかなり暇だし、勤務先もそこまで遠くなかったので、週4で入れるというのは事実だった。ただ、彼女の「あ〜」という歯切れの悪さが気になった。
「実はね〜」
「はい」
「うち女性しかいないんだよね」
暗雲立ち込める。
いちご♪いちご♪
「なるほど」
「いや、だから男性はちょっと、というわけではなくてね」
「はい」
「でも居心地の良い場所にはならないと思うんだよね」
「はあ」
悪い流れ、のような気がする。
いちご♪いちご♪
「今まで男性が働いてたこともないし」
「はい」
「女性二十人の中に男性一人っていうのはねえ」
「なるほど」
いちご♪いちご♪
「いや、どうしてもって言うなら面接はしますけどね」
「はい」
「ただ居心地は良くないだろうなあって、ね」
「はい」
「老婆心でこう言ってるんですけどね」
「はい」
いちご♪いちご♪
「まだお若いですから、他にいっぱい働く場所はあると思うんですよ」
「はい」
「分かって欲しいのはね」
「はい」
「男女を差別するってわけじゃないんですよ」
「はい」
「ほら、」
「男女雇用機会均等法」
「というのがありますから」
男女雇用機会均等法。
いちご♪いちご♪
男女
いちご♪
雇用
いちご♪
機会
いちご♪
均等
いちご♪
法
いちご♪
いちごが好き!のどかな場所でいちごの収穫を手伝いたい!
「男女雇用機会均等法」
男女雇用機会均等法...?
いちご♪いちご♪
週4で働けます!勤務地も近いです!自転車で通勤します!
「男女雇用機会均等法」
男女雇用機会均等法...?
いちご♪いちご♪
でも!私はいちごが好きですし!お力になれると思います!
「老婆心で言ってるんだけどね」
えっ...何を?
「男女雇用機会均等法」
男女雇用機会均等法...?
いちご♪いちご♪
「男女を差別するってわけじゃないんだけどね」
だけど、何ですか...?
「老婆心で言ってるんだけどね」
だけど、何ですか...?
「まだお若いから、他にもいっぱい働ける場所があると思うんだけどね」
だけど、何ですか...?
「男女雇用機会均等法」
男女雇用機会均等法...?
男女雇用機会均等法♪男女雇用機会均等法♪
「男女雇用機会均等法」
男女雇用機会均等法
「老婆心で言っているんだけどね」
はい
「居心地の良い場所にはならないと思うんだよね」
はい
「男女雇用機会均等法」
男女雇用機会均等法
...
アルバイトをしなければと思い、しなければと思ったけれども、求人サイトで応募することはなかった。
というのも、私は些細なことですぐ心がズタズタになってしまうので、家にいるのが一番だからだ。
これから、私と男女雇用機会均等法のハッピーライフが始まる。
男女雇用機会均等法♪男女雇用機会均等法♪
思わずそう口ずさむ。
「老婆心で言っているんだけどね」
いちご?いちご?
(終わり)
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