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アジサイで連想する思い出

この季節になるとアジサイの花が満開になり、毎年のようにそれに関する嫌な思い出が蘇ってくる。

綺麗な花が咲きほこる春が過ぎて、アジサイが満開にならない限り再び花が咲きほこる夏が来ない。

長雨続きで不機嫌になるが、それに連想するエピソードを語ろう。

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幼稚園時代のアジサイのちぎり絵

幼稚園の課題でアジサイの絵を製作中に思い通りにの形にならずに失敗して、当時の担任に作品ごとグチャグチャに丸めたところを目撃されて叱責されたことがあった。

当時の私は完成した作品をイメージすることを考えずに早く済ませようという思いで取り掛かっていたことから当然美術の成績は五段階評価かの2しか取れない下手さで嫌気が差してやったかもしれなかった。

途中経過の段階で上手くいかないと投げ出すような忍耐強さが足りなかったことから、そのような場面が来ると何となくやり過ごすようになり、心いかない表情が当時の作品に現れてしまったことを出てしまったことを思い出す。

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約15年前に起きた輪廻

2005年頃、雇い止めされた職場で既に退職した当時の元出向社員が自分の会社に戻って仕事していた時に、仕事が上手くいかなくて外部機関に提出する図面をグチャグチャに丸めて捨てたことで彼の上司に当たる社員に叱責されたことが原因で退職してしまった事件が起きた。

彼は前職に出向する前にかなりの資格を取得しており、 #関門大橋 竣工工事に携わっていた過去があるということを自慢気に語っていたものの、机の上や車の中が散乱していた程周囲に迷惑をかけていたことが気づかない程の鈍感さから嫌われていた。

又、現場責任者である彼は、従事者の後輩達に横暴な態度を取っていたことから

気分にムラがある性格で、結婚相手は勿論、同居している家族や一緒に仕事する相手として一緒にやっていけない

という性格であるということを読み、件のトラブルが発生したと考察できる。

彼は責任者に任命されておきながら、過去のプライドを引きずっている様子が窺え、プロジェクト単位の仕事を自分本位のものしか考えおらず、

周りの人達が支えてくれたこそ出来た仕事や人脈を粗末に扱っている

人間性を疑う人材を迎え入れた会社に対して愚かであると嘆きたい程だ。

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現在のnote作成に対する姿勢

以上のことから一度始めたら最後までやり抜く姿勢が大切であるということを学んだことから、特にAdobe Photoshop sketch でイラストを描いている時に

手法はともあれ、自分が思い描いているイメージを最後まで貫いた作品にしていく

ということの難しさを知った。

高校時代の友人達の大半の芸術科目は美術を専攻しており、私より絵が上手かったことに対してコンプレックスを抱いており、何とか彼女達に追いつきたいという気持ちから、

認めてもらいたいがためにやった為に死んだような作風になってしまった

ことから世間に認められなかったことを認識している。

当時は勿論、SNSで公開されたイラストを拝見してもらったことがあり、

彼女達特有のチャランポランさから滲み出た現状にただ満足しているだけの当時と変わらぬ不真剣さ

と心の中で評していた。

私の場合は失業者で何も身寄りのない状態で noteを随時更新しているが、

限られた時間でより深い内容で生育歴の回想と社会問題を絡めて伝えていくこと

を出来るだけ多くの方に伝えており、ゆくゆく再び仕事が出来ることを願いながら執筆している。

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私の半生で投げやりになって物事を辞めてしまったとは勿論、両親を含めた第三者の反対や物理的障害が理由でしてしまった後悔を数多く経験しており、

一度やり始めたことに関して最後までやり遂げることに関する責任感

から、

第三者の反対や批評を乗り越えて自論を責任が取れる範囲でやっていくこと

が課題であり、中途半端な終わらせ方をしたら自分自身がダメになるだけでなく、他人への裏切り行為同然のことをしてしまうことになる。






只今失業中で高齢家族に合わせた生活を強いられており、取材する時間と費用がない状態で2時間という短時間で執筆しなければならない厳しい状況です。 主たるジャンルはいじめ、ハラスメント等の労働・社会問題を過去の回想を基にして執筆しております。