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金属製カブトガニ 2020年12月 文京区本郷カレー店前

 2019年に転職したはいいのだが、無断転載とコピー&ペーストで作った医療関係の資材を、景気の良い製薬企業に法外な価格で売り付ける会社だった。
 売り付けると言っても、数兆円規模の相手企業は殆ど公共事業感覚で、経済を回す視点でもって購入してくれているに過ぎず、恐らく大半のページは捲られる事なく書棚か倉庫に直行している筈だ。

 違法性による後ろめたさや、一顧だにされない事からの自嘲的な空気が社内に充溢し、従業員の挙動がやけにコソコソとしており、みな声も小さい。そうかと思えば突如、反動としてなのか妙に意識の高い説教を言い出したりするので、こちらも正論をもって反論するのだが、その際なるべく相手の人格を否定するように心がけていたら、無内容な小言は同僚である28歳にして童貞の青年に向かうようになり、居心地は良くなったが、とはいえそんな職場にい続けたくもない。
 転職して1ヶ月には再度、転職活動を再開したが、2019年中に次の職場が決定する事はなかった。

 そういった2019年からの脱却を図る一貫で、半ばスピリチュアルな気分で引っ越しをしてみたら、隣の部屋の中国人が母国へなのか、そして時差を考慮してか深夜の3時頃に大声で電話をかける人物であり、その都度こちらは起床して壁を叩かなければならない、むしろ悪化の一途を辿る2020年が終わろうとしていた。

 金属製のカブトガニを拾ったのは、その五月蝿いマンションから徒歩15分ぐらいのところにある、株式会社ローソン系列の安スーパーで安ピクルス等を買って帰る途中に通りがかった、一階にインドカレーの店が入ったマンションの前、「引っ越すため荷物の整理をしています」との文言とともに据え置かれた「ご自由にお持ちください」の段ボール箱からであった。
 そのご自由にお持ちくださいボックスには持ち帰り用の紙袋さえ準備され、ああ、この人は新しい生活を手に入れたんだ、引っ越す事実を近隣に知らしめる程の誇らしさや、紙袋を沿える程の余裕と共に、と羨ましく思いながらカブトガニを手に取ると、金属の冷たさが手に染み入ったかどうか正確には覚えていないが、12月であったので、持った瞬間に手のひらへ貼り付いた、ぐらいの誇張しすぎた冬の思い出として記憶されている。

 これは未だ、ヤフーのオークションでも売らず、捨てもせずに保有しているが、それは特に愛着があっての事ではない。
 確かに、たまに眺めてみればなかなか愛らしく見えたりはするのだが、2019年から一向に進まない転職を象徴するように、ただ冷徹な金属のかたまりが、あの忌々しい年末の1モーメントからへばりついて取れないといった趣で手元に残っているだけだ。
 捨てれば運が開けるのか。もの拾いをホビーにしていると、そういった感覚(我々の世界では魔境と呼ぶ)に陥り、せっかくの戦利品を手放してしまいがちなので注意が必要だ。相手はただの品物だ。物品に心を結び付ける必要などなく、好きな物、好きな店および場所、好きな音楽に本など(まあ人も)はただ増やしていけば良いだけの話だと、それは解っているのだが。

・甲殻類特有の、裏側のイヤな感じもバッチリ再現

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