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鉋 for 木 or 鰹 2020年7月 本郷三丁目

 自宅マンションのポストがある1階に、不要なDMを棄てるゴミ箱が置かれており、新品の鉋(かんな)が投棄されていた。
 日曜大工は好きだが、鉋で材木の表面をならす程の技巧は必要としておらず、即ヤフーのオークションにて1000円で売り払ったが、鰹節を削る道具、あれは鉋の刃先を上に向けて、削った鰹節を溜める箱を下部に取り付けただけのものなのだろうかと考え、だとすると鰹節削り器に改造できたのか、とウィキペディアで調べてみれば、やはり鰹節削り器と鉋は概ね同じ機構を持っており、「鉋」のページから「鰹節削り器」へ移動でき、その逆も然りである程に似通ったツールである事が判った。

【創作落語「鉋さばき」】
 長屋の八十吉は鉋の扱いが実に見事な大工で、5ミクロン程度の薄さならば目を瞑ってでも均一に削り出す事のできる technique は界隈に轟いてはいたが、鉋かけは建築のあくまで一部分。設計から基礎地盤、材料調達から施工まで無数の人間が関与し、全てを一貫して己ひとりの管理で行えるものではない大工仕事というものに、どうも満たされない気分を抱えていた。
 ある晩、八十吉は棟梁の長屋を訪ね、己の内に燻る焦燥感・虚無感、更には良い歳をして捨て切れない傲慢な自我の存在までをも打ち明けた。

棟梁「…しかし八十吉、俺ら大工てえのは皆で一つの家をこさえる商売じゃねえかい」
八十吉「俺ぁ来年で四十になりますが、三十歳ぐれえからマインドの中が、ずっと飽き足りない気分で一杯なんでさぁ。なんなら地鎮祭まで俺だけでやって仕舞いてぇ…」
棟梁「そいつぁ無理だ、八十吉。地鎮祭ばかりはゼネコンだってやってねえ。あれには神主の資格がいる。それとも何かい、今から國學院大学(上方落語では皇學館大学 )を受験するてえのかい」
八十吉「そうですかい…。…分かりやした、棟梁、あっしは今日を限りに大工を辞めさせて貰いやす」
棟梁「待ちねえお前ぇさん、せっかく自慢の鉋さばきも、猫に小判、豚に真珠って事になっちまうぜ、おい、八十吉…」

 棟梁の元を去ってから4ヶ月後、リクナビネクスト、マイナビ転職、Dodaを駆使し、八十吉が鰹節問屋に転職したのは、別段、鉋さばきが優れている事がアピールポイントとなったのではない。
 鰹節問屋とて、年がら年中、鰹節を削っている訳ではないのだからそれは当然の事である。
 単にそれまで地道に続けていた大工仕事が評価された事と、あとは面接官と出身大学およびゼミが偶然同じだった等、幾つかの巡り合わせが実を結んだに過ぎなかった。

 それでも八十吉は、転職後に不思議と平静を取り戻した。
 鰹を釣る、捌く、乾燥させる、仕入れ、流通など、一介の鰹節問屋がそれら全てに関われる筈はなく、結局のところ大工の時分と変わらぬ、経済のごく一端に関係するだけの、まあ世間一般の業務が、なぜ八十吉に平穏な精神を与えたかといえば、抽象的にではあるがここに鉋が関係していた。

 同じ道具を使用していながら、大工時代には主体である材木の上で鉋を行き来させていたのが、鰹節問屋では、売り物の鰹節を手に持ち、鉋へ擦り付けて削り出す動作を行う。
 加えて、必要なのはあくまで材木の本体であり、細心の注意で生み出した筈の「節」は捨てていた大工仕事とは反対に、鰹節問屋では字義通り「節」をこそ必要とする。
 この、切り絵の表裏が反転した様な変化が、己の仕事をリアルな手応えのあるものとして実感させ、かつ、思うままに扱えているような能動的な充足感を八十吉に与えたのだった。

 55歳で鰹節問屋の代表取締役におさまり、110歳で大往生を遂げるまで八十吉は現役を貫くのであるが、99歳の頃、「白寿! 卒寿より9年、百寿まで1年のカツオブシ屋さん」なるキャプションでJALの機内誌から取材を受けた際、以下のような仕事論を語っている。

「人にはそれぞれ、己に見合ったスケールてぇもんがありますが、このスケールの見極めがちょいとばかり難しい。
    元来、アタシの本質は2~5ミクロンの単位だったうえ、削り出される節の方に関心があった。にも関わらず、どういうわけか人生の半ばまでは大工として過ごしちまったんですな。まあ若い頃はエナジーが満ち溢れているので、シンポジウムとか大伽藍、ラウドネスといった巨大な存在に興味を持つもんです。
ところが、職業に貴賤なしとは良く言ったもんで、要するに、ブラフマン=アートマン(笑)。梵我一如なんてぇ事を考えれば、位相が反転しただけなんですな。
    そう、出雲大社に八百万の神が集まる10月を、出雲では『神有月』、出雲以外からは神が消え『かんな月』と呼びますように。Yeah.
    ROCK 'N' ROLL,  MOTHERFUCKER」
 OATO GA YOROSHII YOUDE。

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