どんなに楽しいものでも、まず知ってもらうのが大変だよね。150220

 RTだけじゃなく、自分の感想述べたり、「こういうイベントになりそうだから楽しみだ」って言うのを表明したりとか。 そういうのコツコツ積み上げていけるものはあるはずなんだよなあ。 「楽しかったー!」ってのが伝わる感想でも良いし。 愛着の対象を世に知らしめたいのならば、それが無いと。
 「本当に楽しいイベントは、誰も最中にSNSに投稿しない」って言う人もいるけどさ。 まあ、それも同感ではあるんだけど、その楽しさを自分の周りの人にも伝えて、さらに沢山の人に来てもらいたいって思ってる人が言うことじゃないんだよね。 だって、知らないものは、存在しないものなんだからさ。
 温泉とか食事とかはまだ良いんだよ。楽しみ方を説明しなくても良いような娯楽は、その強度や自分がいかに楽しかったかを言えばそれだけで相手に伝わるものもあるからね。 けど、例えばクラブイベントはどうか。マイナージャンルの音源はどうか。アイドルのライブみたいな参加型のコンテンツはどうか。

 楽しみ方が解らないものの場合、「ああ、○○さんは今日楽しい時間を過ごせたんだな。それは何よりだなあ」ってなっちゃうじゃない。 それ自体の意味はゼロじゃないけど、よっぽど発信者に影響力が無いと誰かを動かせるなんて事無いと思うんだよね。 ただ、言わないよりは言った方が断然良い事では。
 自分が知ってる人が何度も参加して、楽しかったと言っているあのイベントは何か?言及している音楽は何か?ってきっかけで、興味持ってくれる人もいるだろうからさ。 その時、「自分の知ってる人以外でも、こんだけの背景違う人が楽しいって言ってるのか」って、判断材料になれる可能性があるからね。
 後、知っていようがなかろうが、誰かが「楽しいなあ」「幸せだなあ」って姿を提示してくれたらそれで何かしら社会にポジティブなもの示せるんじゃないかなあと思うんだよね。 幸せなら、手を叩こう。手を叩かなきゃ幸せになれる訳じゃないけどさ。手を叩かないと、その幸せに誰も気付けないんだもの。
 そそられもしないイベントに、音楽に、誰が興味を持ってくれるものか。 情報のまるでないイベントに、音楽に、どうやって興味を持てば良いのか。 可能ならば、一次情報発信者は、それをRTしたり、ペラっとURLはっつければ済むような情報発信をしてあげた方が、ファンや知り合いに対して親切ね。
 指先一つで拡散は出切るし、気の効いた人ならそれを加工して面白おかしく、第三者がそそられるような形で提示してくれるかも知れない。 けど、それもこれも、まずはどこで体験出切るのか?その際の条件はなにか?ってのが分かりやすくまとめられてない事には、第三者からすればお話にすらならないよ。

 そういう意味合いでは、アイドルの運営は丁寧に告知やってないケースあるよなあって本当に思う。どこでやるか書いてない事も多いもんな。 なんで、イベントを生業としてないDJやオーガナイザーが余暇でやってる事を、それを生業としてるアイドルのマネージャーやスタッフが出来ないんだろうね。
 どこにあるなんていう会場で、何時に開始か。お代はいくらか。ドリンクチケットは何枚買わなきゃいけないのか。最低限そんなところで良いのに、出来てない事あるもんなあ。 ファンがRTしても、一体どこまで有効に機能するのか。なんだかなあ。広く報せるのが本来の目的のはずだと思うんだけどなあ。
 こういう事言うと「自分の時間の使い方は能動的に決めるものだ」「その程度の情報も調べられない人はそもそも…」なんて言う人もいるんだけどさ。 本当に良いものだと信じているものがあって、それを出来るだけ沢山の人に知らしめたいと思っているのなら、丁寧にやってやり過ぎな事なんて絶対無いよ。
 生の演芸なんてのは、そもそも現場に行かなきゃ楽しくもなんとも無いんだから。その為に出来る事は何でもしないと。 言葉で出来るのは、きっかけづくりまでなんだからさ。どんなに麗しい言葉が連なろうと。どんな影響力のある人が発した言葉であろうと。現場へ行くのはその人の内発的行動なんだから。

 「本当に行きたい人はどんな障壁があっても、情報にたどり着く」なんていう人もいるかも知れないけどさ。 客として振る舞う事は余暇の中での楽しみのためのものなんだから、壁があったら、壁の向こうに気づかないでどっか他所行っちゃうんだってば。 それをよじ登れって言ってるようなものなんだよ。
 あるいは、壁の向こうになんかいるなーと思っても気にしなかったりね。 気になっても、「他で行きたいのあるから今度時間ある時に調べよう」と思ってるうちに忘れられちゃう事もあるし。 そこで高梯子を持ち出す人や、壁をすたすた歩ける人だけが客の資格ありとしているのなら、まあ良いんだけどさ。
 演芸に限らず、全てに壁が存在している訳です。クラブというだけでイベント参加にしり込みする人もいれば、アイドルだからというだけで曲を聴かない人もいて、ワインを飲むお店はおしゃれな場所だから自分には縁がないと決めつける人もいる訳で。そこに、偏見だから目を覚ませなんて言えるかと言うと。
 壁として認識させない為には、ファンの人の地道な勝手広報や、楽しみ方の提示が不可欠なんだよね。 テレビや雑誌みたいなメディア情報に触れて親しみを感じるケースもあると思うけど、最終的には、その人自身が壁をえいやと跨がなきゃいけない訳でさ。 それを押し留めるものは、減らしていかないと。

 定期的に観に行ける機会がある事。そして公式な情報発信が第三者にも伝わりやすい形で行われている事。 初見で面白いと思ってもらえなくても、とりあえず全体通しで観てもらえるようでないといかんよね。 種を植え付けられなきゃ、他の機会で水分と温度が揃っても、芽が出る事なんてないんだからさ。
 そこでは、ファンは、弱いパンチを打ち続けるしかないんだよね。 毎日楽しんでる姿見てたら、友達が好意的に眺めてくれる様になるものだしさ。 他の機会で第三者から話振られた時に、「あ、それ友達が好きって言ってたよ」って言ってくれるのとそうでないのとでは、大きく違うからね。そこ、超大事。
 ファンの中にクリエイティブな人がいれば、素敵な画像や映像を海賊的に作って発表しちゃったりもするかも知れない。 そうでなくても、今後のイベントスケジュールをまとめて「お近くで開催の際は是非!」みたいに呼び込もうとしたり、「良かったらこれ聴いてみてよ」なんて、音源を配布したりとかさ。
 そうやって壁を無効化させようとしたり、壁なんて無かった事にしようとするのって、愛が無くちゃ出来ないからね。 だから、生の演芸に限らずエンタテインメント全般、そういうファンにどれだけ出会えたかで愛されてるかどうか、価値があるかどうかを量っちゃうんだよね。興行の規模とか全然関係ない。

 こういう表現すると凄くシリアスに戦術を語っているように思う人もいるかも知れないけれど、全然そんな事はなくて。 単なる事実と思われる事に関して、個人的に思った事を述べてるに過ぎないんだよね。 実際のところ、私/あなた/彼が愛着を抱えているものに、誰も感心なんて持って無いんだから。
 実際のところ、我々はカジュアルに娯楽を消費している訳で。そこに壁があるならば、他に既に楽しいものがある人からはそれこそカジュアルに無視される訳で。 なので、どんなに素敵なものでも、知られたいと思う限りは知られやすい形で提示しなきゃ意味がないよなあっていうのがずっと思ってる事です。
 本当は、そこには壁なんてないんだろうけどね。あたかも、壁のように機能するものが存在するだけで。 けど、我々に認識出来るものなんて本当に限られたものだから。だからこそ、自力で見い出した素敵なものは大事にしたいよね。そして、他の壁も抜けていって、素敵なものをどんどん見つけて行きたい。

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