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若手の若手による若手のための「Q&A若手弁護士からの相談203問」の読み方

TwitterのTL上で評判の良い「Q&A若手弁護士からの相談203問」を先日購入した。感想を書けという言葉をいただいたが、「すごい」「すばらしい」「良書」「参考になる」「緑がキレイ」「著者に辛口で怖い人がいる」と月並みな言葉しかでてこないので、ちょっと角度を変えてみようと思う。

若手弁護士を長年やっていると、法律書、基本書、実務書の類は年々増えていくが、定評のある書籍を購入する場合、購入前に目を通して吟味する場合、とりあえず購入してしまう場合がある。本書は最後のケースにあたるのだが、自分なりの一定の儀式を行い、実務で役に立つ良書、すなわち「スタメン入り」と判断して座席の近くの書棚に置いておくことにした。(購入したはいいが参照する機会の少ないと思われる書籍は、少し離れたところに置くことになる。例えば民法の某樹海とか。狭い事務所なのでスペースに限りがある。)

ではどうして本書を「スタメン入り」と判断したか。その検討過程を以下に記していこう。

まず著者略歴を確認する。著者だけで判断するのではなく、内容こそが決めてではあるが、やはり著者がどんな方かは判断のための情報として大きい。
編著者として筆頭である京野先生は研修所教官などを歴任され、かつ、実務経験も豊富である。なにより「CR民事実務講義」や本書の第一弾である「Q&A若手弁護士からの相談374問」を書かれており、これらの書籍を知っているものからすれば信頼性が高いという推認が働く。またそのほかの著者の先生らの経歴を拝見すると企業法務の経験が豊富であるのと同時に、地方自治体での経験が豊富にあられるので、本書のテーマである「自治体編」は当然に説得力も増す。

次に目次を眺める。
この手のQ&A本はまず「Q」が重要であると思っている。実務上想定できないような「Q」があっても役に立たない。また「Q」が大昔の一行問題のような抽象的な問が多い場合も地雷であることが経験上多い。
そして目次を眺めると、これまで実際に自分自身が依頼者、顧問会社から受けた相談が数多く掲載されている。その数は数個ではなく、ざっとみただけでも数十個はある。
そうすると、この本の「Q」は実践的であるということが容易に推認できる。

さて、「はしがき」である。
「はしがき」は著者が本書で書きたいこと、挑戦したいこと、想定読者層、利用方法などが書かれている。若手の新人のころは読み飛ばしていたが、若手も中堅になってくるとこの「はしがき」の重要性に気づいた。
私が注目したのは以下の点。

眼前の相談に民法知識だけで答えてよいか,それともいけないか,といった勘(暗黙知)があることが必要になりますが,本書はそのような勘を養う素材としても活用できると思います。

本書は問題に遭遇した際に解決への切り口や情報の糸口を示し,結果的に問題のへの向き合い方を,かなりの程度,読者に伝達しているものと思います。

「解決への切り口」「情報への糸口」「勘(暗黙知)」「勘を養う」をキーワードとして読み取る。

それでは、実際に本文へ入る。といっても全部を読むのは畏れ多い(訳:めんどくさい)ので、いくつかのQを選ぶ。このとき、実際に過去に自分が相談され、自分で調査し、回答したもののなかからいくつか選ぶ。そうすることで判断基準ができる。

ここでは一つだけ例に挙げるとして、§10の「従業員逮捕!素早く解雇してよい?」にしよう。
私なりに要点をまとめると
① まずは就業規則を確認
② 事実関係の調査(親から聞いただけではだめで、客観的な事実を収集すべき)
③ 非行が企業秩序に直接の関連を有するか、会社の社会的評価の低下をもたらすおそれが客観的に認められる場合でなければ懲戒対象にすることはできない。
④ 適正手続の見地から、弁明の機会の付与は必要
⑤ 解雇は重すぎないか?
⑥ 対本人関係での実務対応、マスコミ対応について記述

実際に私が過去に相談を受けた案件は、社員が業務終了後に社用車で飲酒運転したうえ、人身事故を起こし、逮捕勾留されたという事案であったが、何冊もの労働法の書籍、実務書を調査してボス弁に報告して検討し、顧問先に助言した内容と上記①~⑤は重なる。特に③⑤については裁判例なども多数調査したので、記憶が鮮明であった。また結論においても解雇困難と判断し、最終的には本人と協議し自己都合退職という結果となっており、本書と判断の方向性において同じであった。

このような検討をほかのQでも3~4回繰り返した結果、「解決への切り口」「情報への糸口」「勘(暗黙知)」「勘を養う」というキーワードが実現されている内容であると判断するに至った。

そうだとすると、本書は、私が相談を受けた際に最初に手に取り、「解決への切り口」「情報への糸口」を探り、自分なりの方向性や結論を出すのと並行して「勘(暗黙知)」の過不足がないか確認する、という使い方が可能な信用できる本だということがわかる。また、自分の過去の判断や経験と一致するので安心感もあるし、自分が経験したことのないQ&Aも含まれているので今後の業務の助けになるといえる。(例とは異なるQであるが、民法や労働法にとどまらず事例に関連する複数の法規等への複合的な検討に言及しているものがあり、これは実務的で素晴らしいと思う。)
また本書は参考書籍が丁寧に挙げられており、調査の端緒として非常に利便性が高い。

以上のような過程を、およそ15分ほどかけて行い、これは「スタメン入り」として自席の近くの書棚においておくことにしたのである。

今回はたまたまTL上の評判をあてに内容をみないで購入したこと、Q&A本であること、自分の業務範囲と重なることなどから、上記のような検討の仕方をした。人や本によってはいろいろな検討の仕方はあると思うが、良い書籍、良い実務書を判断できるようになるのも実務家の能力だと思い、日々いろいろ試しているところである。

自分もその重要性に気づき、他人にノウハウや暗黙知の言語化を奨励していることもあって、今回noteにまとめてみた。

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