いつか、どこかで。
ねぇ、一緒に死んでくれる?
あぁ、俺はお前のためだったらいつでも死ねるよ。
ふふっ。じゃあ今夜は飲み明かしね。 ♪酒がぁ 出た出たぁ 酒がぁ〜出たぁあ、よいよい…。
令和2年。中野区のホテル。ローリエ。エロビデオの見世物女だろうとソープランドの泡女だろうと立派な仕事だと言う人が 増えた。「あの人たちだって 一生懸命働いているんです」とワイドショーで社会学者が言っていた。どこかの街では風俗で働く人間の自粛期間中の給付金はどうなるのかと騒いでいるらしい。社会は“私たち”のことを受け入れることで自らの心の広さに酔いしれている。気がする。
あー楽しい。目を瞑っても世界が回ってるわ。だけどこんなのじゃ足りない。
俺ぁ もうだめだ。気分が悪くて仕方がない。今日は帰ろう。いやぁ 今日も良かったよ。
何が良かったの。
いや 幸せだったってこと。お前からは離れられないよこれは。
あっちが良かったってこと。
そんなことじゃなくて、今日一日が、良かった、幸せだったってこと。あんまり嫌なこと言うなよ。
ふーん…。どこにする。
どこにするって。もう行かないよ。飲めないんだもう。
何言ってるの。死ぬところよ。どこにしようか。
… ははは!まだ言ってんのか。飲み過ぎだね。帰るぞ今日は。
どこにするの。
しつこいぞ。勘弁してくれよ。気分が悪いんだ。
…そうよね。はは。ふふふ。冗談よ。ははは!
ねぇ 心の広いあなた。私と結婚してくださるかしら。私を家族にしてくださるかしら。あなたの子供を私が産み、私と私の子供を両方愛してくださるかしら。
令和2年。綺麗な世界。汚いものに 色鮮やかで繊細な模様の風呂敷をかけて。BVLGARIの香水をふって。豪華なお屋敷に案内してくれて。
だけど それならまだ、「お前なんかは一人で死ね」と。腹でも殴られ 金をとられて そのまま逃げられた方が どんなに気が楽か。あなたにこの 言っていることが分かるかしら。
分かるさ 分かる。ちゃんと分かってるさ。でも今日は飲み過ぎだ。そんなに悲観するもんじゃないよ。いつも感謝してる。幸せな時間を有難う。また連絡するよ。
……。そうね、また。
JR中野駅南口。私は笑顔で男と分かれた。去り行く彼は一度もこちらを振り向かない。贅沢なのだろうか。私なんかが。分かっていたけど 期待しちゃうじゃない。息が詰まって溜め息も出ない。だけど無理矢理 大きく深呼吸する。
期待するから心は揺れるのでしょう。信じるから心は深く沈むのでしょう。だからみんな 馬鹿みたいに生きるのでしょう。
明日は朝番。いつかどこかで 本当に一緒に死んでくれる人と 出会えるかしら。
揺れると 沈むと 分かっては いるのです。
だけど、
いつか どこかで。
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