見出し画像

交響詩《うつしがたり〈翠〉》

 ある時を境に「未知の世界」にワープした翠が鏡を通してうつし出される「現代の世界」と向き合い平和へと導き出すというオリジナルストーリー

「もしも瞬間移動ができたら」「もしも透明人間になれたら」など誰もが一度は「不可能なこと」に想いを膨らませたことがあるだろう。
 この物語の登場人物である「翠(スイ)」も同じ想いを寄せていた。
 「もし空を飛べたら」などの不可能なことへと思いを膨らませながら日常を過ごしていた翠。だがある時、深い眠りから覚めると、見たこともない場所へワープしていた。その世界は現代では考えられないことが起きる未知なる世界。植物が歩いたり会話したりする様子を見て、はじめは戸惑い、この先どうなるのかという不安が募ったが、時が経つにつれて現代世界では不可能だったこともできることに気づき、驚きや喜びを感じながら、のんびり冒険を楽しむようになった。

 翠がなんでもできることには理由があった。
翠は「未知の世界」のエネルギーを大量に消費し活動していたのである。「未知の世界」では生きていくために必要なエネルギーだけを使い草花たちは最低限のコストで生活をしていた。そして余った分は世界全体の穏やかな幸せのために蓄積されていたのである。そんな事実があることに翠自身はまだ気づいておらず、空を飛びたい時は空を飛び回り、違う姿になりたい時は思う姿に変わったりと、欲望の赴くままに好きなように楽しんでいた。

 ある日、目の前に「鏡」が現れ現実世界をうつし出し「やがてこの世界は崩れ去り、現実世界との行き来もできなくなる。そうなる前に、自分の世界に戻るべきだ」という預言を翠は受け取る。鏡に映し出された翠がもといた世界。そこでは、悲惨な戦争が繰り広げられていたり、災害によって人々が避難を余儀なくされていたりしていた。それらを目にした翠は、そんなことがあるはずはない、現実から目を背ける。今のこの世界をまだ満喫したいという気持ちをも捨てきれず、鏡の件については放置した。

しかし、翠が今いる世界の状況も次第におかしくなっていく。それは翠が大量のエネルギーを使ったからだ。木々が枯れ始め、草花が泣き出し、段々話もしなくなり、陽がなくなり暗黒の世界へと変貌を遂げてしまう。
 するとまた鏡が現れ、「草花たちの涙を集め、この鏡に流し込めば救うことができる」とささやいた。翠は好き勝手にやりすぎたことを猛省し、現実を受け入れて、鏡の預言通りに動き始めた。

 鏡からもらった特別なエネルギーを使い、次第に真っ暗になる世界を必死になって飛び続け涙を集める。一方鏡の向こうでは未だに戦争が続いている。現代の悲惨な状況もしっかりと見つめ苦しみながら涙の雫を集め続けていく。
 途中、嵐に巻き込まれて集めた涙を失いかけたが、耐えて守りぬき、集めた大切な涙をようやく鏡に流し込むと、徐々に嵐が止み、荒波や雲も落ち着き、枯れ果てた草花も復活。未知の世界に平和が訪れる。翠は安心して眠りについた。

  目が覚めると、いつも見る現実の世界に戻っていた。不可能なことはできなくなったけれど、自分には家族や仲間がいて充実した生活が送れるんだという確かな思いを胸に抱く。そして翠は未来に向かって自らの足で走り出す。

物語/松井琉成


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?