第2話 「私、アイドルになります」

「ダ・ヴィンチちゃん、折り入ってお願いがあるんです」
ある日のカルデア。目の前にはいつになく深刻そうな顔のマシュ。ダ・ヴィンチは困惑した。マシュからこんなに真剣に頼みごとをされるとは珍しい。
「一体どうしたんだい?そんなに真剣な顔をして」
「実は…」

〜〜〜〜〜〜

こんな日が来るだなんて、一体誰が予想しただろう?
「万能のこの私にも、この展開は予想できなかったな…」
「「ダ・ヴィンチ先生!よろしくお願いします!!」」
ダ・ヴィンチの目の前に、Tシャツにジャージ姿のマシュとエリザベートが立っている。ここはカルデアのトレーニング室のひとつ。普段はここで、模擬戦闘を行っている。
「よし、まずは柔軟体操からだ。しなやかで魅力的なダンスには体の柔らかさが肝心だ。さらに、体が柔らかければ怪我もしにくくなるからね。マシュ、試しにできるところまで開脚してみてくれるかい?」
「はい、やってみます。…んっ、こ、こんな感じでしょうか?」
「約150°、うん、初めてでこれなら上出来だよマシュ。次はエリザベートだ。」
「負けないわよ…!ふっ、うっ、うーっ!」
「……。」
「ち、違うわっ、今日はその、調子が出ないだけで、痛っ!」
「90°も開かないとなると…先は長そうだな…」

その後も長座体前屈やY字バランスなど様々なチャレンジをしたが、どれもマシュは概ね優秀で柔らかく、エリザベートは壊滅的に固かった。
「うぅ、嘘よ…」
思うように結果が出せなかったからなのか、はたまた初めての柔軟体操が痛かったからなのか、エリザベートは体育座りで涙目になっていた。
「そう落ち込むことはないさ。毎日体操を続けていれば必ず柔らかくなるからね。まさに千里の道も一歩から、だ。」
「そうですよエリザベートさん。一緒にがんばりましょう!」
「先生…マシュ…そうね、落ち込んでなんていられないわね。子豚たちに私の歌を聞かせるために!」
「その意気だ!これから毎日、お風呂上がりに柔軟体操をするといい。お風呂上がりは体が温まっているから柔軟体操に最適なのさ。それから、柔軟体操と並行してダンスの練習もしていくつもりだ。忙しくなるぞ。覚悟はいいかな?」
「「はい!ダ・ヴィンチ先生!」」
「よろしい、では、今日はここまでにしよう。ゆっくり休んでくれたまえ。」
「「ありがとうございました!」」

〜〜〜〜〜〜

「私、アイドルになりたいんです!」
マシュの突然の宣告に、目を丸くする。
「アイドル…!?突然どうしたんだい?」
理由を尋ねると、少し間を置いて、ゆっくりと話し始めた。
「…アイドルになってライブをすれば、お金を稼ぐことができると聞きました。今カルデアは、経済的に困窮していると聞いて…私は今まで、カルデアの人々に守られて生きてきたので、今度は私が、皆さんにお返しをしたいです。カルデアのために私ができることをしたいんです。だからお願いします。ダ・ヴィンチちゃんの力を貸してください!」

「みんなのために、か…」
マシュが自分から何かをしたがることは、今までにほとんど無かった。ずっと、人類のために、マスターのために、戦ってきた子だからこそ。何かをしたいと願ったのなら、全力で叶えてあげたかった。
「マシュが、自分自身の願いに気付くことができるといいんだけれど…」
アイドルになりたいと私に訴えた目には、みんなのためだけではない、アイドルへの憧れや情熱があった。誰かのためではない、自分自身の願い。マシュがマシュ自身の人生を歩むためには、絶対に欠かせないものだ。
マシュにユニットを組むように勧めたのは私だ。他人のためと思い込んでいるマシュと、自分のためだけに歌うエリザベート。この2人はお互いに欠けているものを持っている。きっといいコンビになるだろう。
「君もそう思うだろう?ロマニ。」
マシュが自分のために生きることができますように。そう願うことができるようになった奇跡を無駄にしないためにも。私は彼女たちを立派なアイドルへと導いてみせよう。

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