200に至る前

【注意】このSSはTRPG「シノビガミ」公式シナリオ「200」のネタバレ、及びとんでもない量の自己解釈を含みます。未通過の方が読むことはお勧めしません。
以下、本文です。





自分の鍛え上げた忍法が伊織の奥義に弾き返され、反動が返ってくる。
(あー、死ぬな、俺)
目の前のシノビたちは、俺を仕留めるために完璧なまでの連携をとっていた。互いの奥義さえ晒し合う様はあまりに眩しく、俺の目を眩ませる。
(ああ、これが走馬灯ってやつかねえ……)
死の間際、俺は昔を思い出していた。

〜〜〜〜〜

俺は鞍馬神流の名門の家に産まれた。だが、家のやつは誰も俺に興味を示さなかった。俺は生まれつき病弱で、女で、跡継ぎにはなれないだろうと思われたからだ。
俺は悔しさから、必死に技を磨いた。常に出来るだけ粗暴に、強い男のように振る舞った。いつか誰よりも強くなって、俺に見向きもしなかったやつらを見返してやるんだと意気込んだ。だが、無理な修行は身体を蝕み、俺の寿命を確実に削っていたらしい。俺は修行中に倒れ、それきり自力で歩けない身体になった。

……悔しかった。こんな病弱な身体でなければ、こんな肉体でなければ俺は、誰よりも強くなって、認めてもらえたのだろうか。自分で自分を認められたのだろうか。
入院し、余命を宣告された。家のやつらは誰も驚かなかった。俺自身、もう限界だと心のどこかで気付いていたのか、さして驚きはしなかった。俺はこのまま、誰も見返すことも出来ずに死ぬんだろう。そんな風に考え始めた頃、アイツに出会った。

アイツは変なやつだった。真冬だっていうのに病院の中庭の草むらにしゃがみこんで何かしている。しかも毎日。何日も何日も。窓から見ているだけのはずの俺が震えるほどの吹雪の日にも。堪えきれず車椅子を漕ぎ出して庭に出た。冷たい風が頬を切るようだ。
「お前!何してんだよ!」
そいつは何も言わず、ただ草むらの一点を見ている。無視か?それとも耳が聞こえないのか?頭がイカれちまってるのか?
「おい!お前だよ!こんな中で何やってんだ……」
背後まで近づき声をかける。そいつは一瞬だけこちらを見た、と思ったら、次の瞬間、俺は車椅子ごとひっくり返されていた。
「なっ……!?」
「観察の邪魔だ、大人しくしてくれないか」
そいつはまた、元の場所にしゃがみこむ。
「てめぇ……!」
身体が動かない。ぶん殴ってやりたいのに。悔しい、悔しい、悔しい……!
「てめぇ何がしたいんだよ!こんな寒い中毎日毎日!嫌でも病室の窓から見えて目障りなんだよ!なんか企んでるのか!?それともなんだ、病弱な俺に自分の頑丈さでも見せつけたいのかよ!?寒くないですってツラして意味もなく外ぶらついて、俺への当てつけかよ!?」
涙が出てくる。悔しい。コイツには当たり前に出来ることが、俺には出来ないっていうのに。
「生まれがそんなに悪いのかよぉ……病弱に生まれたかったわけじゃねぇ……俺だって、俺だってちゃんと……立派な跡取りになれるような『男』に生まれたかったさ!お前みたいに!なのに、なのに……」
嗚咽がもれる。舌がもつれる。ずっと誰にも言えなかった悔しさを、よく知らないやつにぶつけている。俺は何をしているんだろう。俺は、コイツが羨ましかったのだろうか。
「……私には君が何を言いたいのかさっぱりわからない。だがどうやら私の行動が不快だったようだ。すまなかった。私はコレを観察していただけだ」
草むらを指差す。目をやると、羽化したばかりの蝶がいた。
「真冬に蛹になっていてね。季節外れだがどこまで生きられるのか興味深かった。まさか羽化まで果たすとは。この強靭な生命力は研究に活かせるかもしれないな」
「さ、なぎ……蝶……研究……」
呆気にとられる。完全に想定外だ。コイツは真冬に呑気に蝶を観察していたただの阿呆だったのだ。
「は、はは……はははっ……」
思わず乾いた笑いが出る。アイツはそんな俺には目もくれず、羽化したばかりの蝶を慎重に捕獲している。どこかへ運んで観察を続けるつもりなのだろう。
捕獲を終え、そのまま立ち去ろうとする背に、思わず声をかけた。
「なあ、お前、名前は?」
「私か?私は理人。君は……ああ、起き上がれないのか、失礼」
理人は俺を抱えて車椅子に乗せる。俺よりも歳下に見えるが、やけに軽々と持ち上げた。俺が痩せこけてしまったせいだろうか?
「病室まで送ろう。何階だ?」
「お前……変なやつだな。急に優しくしやがって……」

それから、理人は俺の病室に見舞いに来るようになった。まるで、真冬の蝶を観察するように、毎日毎日。
「なあ、理人。お前、俺が死ぬのを待ってるのか?」
「まさか。私は生命の強さを観察しているだけだ」
「出た、またわけのわかんねえことを……」
特に何かを話したり遊んだりするわけではない。だが、なんだかんだ言って、俺はアイツが来るのを楽しみにしていた。今まで「俺」を観察しようとする奴なんて、一人もいなかったからかもしれない。

ある日、アイツは虫かごを持ってきた。中にはあの日の蝶……によく似た機械が入っていた。
「昆虫の神経系を取り出すのには……彼らはヒトとは異なり……だが擬似的に再現することで……」
何やら小難しいことを言っているが、俺の耳には入ってこない。虫かごの中の機械は、羽をひらひらと動かしている。これがアイツの言う「生命の強さ」なのか?蝶の真似事をするこの機械が?あの蝶や俺を観察することで得られたものが、こんなものだって言うのか?
「……違うだろ」
そんなものは生命ではない。そんなものは強さではない。ああ、いいさ。俺が証明してやる。どれほどかかっても、必ず、俺が。
「なあ、理人。お前の言う強さと俺の強さ。どっちが勝つか、競ってみないか?」

それから、俺は自我を他の肉体に移す術を学び始めた。この肉体はもう限界に近い。だけど俺は生きなきゃいけない。俺をアイツに観察させなきゃいけない。憑依するなら男がいい。若くて、健康で、屈強な男が。
はじめて憑依したのは、点滴を変えにきた男の看護師だった。全速力で走る。視界が広い。身体が軽い。生きている。俺は、生きている!
この力でアイツの機械をぶっ潰して、生き物の強さってやつを見せつけてやる。いつか、必ず。
「だからお前も、最強の機忍ってやつができたら、真っ先に俺と戦わせろよ!」
「これが俺の印だ!どれだけ肉体が変わろうと、これだけはずっと変わらない!」
かつて自分だった少女の懐から水晶を取り出す。唯一、俺が少女だった頃に編み出した奥義に用いるもので、俺が俺である証、連続性の証明に相応しいだろう。
その水晶を、右目にねじ込む。激痛が走る。それさえも生きている証だと喜びに変える。
こうして、隻眼のシノビ「毒炉」は生まれた。理人の機忍を倒し、生命の強さを知らしめるために、必ず生き続けてやる。

〜〜〜〜〜

「……だー、なるほど、つまり、アレだな?」
「アイツと仲睦まじく“感情”豊かに関わってりゃ防げたかもしれないと」
アイツの言う強さになんて、殉じてたまるか。俺は俺のまま、アイツに勝たなきゃ意味が無いんだ。
「はっ、死んでも御免だぜ」

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