第4話 私のためのアイドル

「ユニットを解散したい?」
ダ・ヴィンチは、エリザベートの言葉を静かに聞き返した。
「えぇ、そうよ。」
「まだ初めてのライブもしていないのに、いいのかい?」
「いいのよ!マシュと組んでもいいライブにはならないわ。マシュったら、アイドルってものが全然わかってないのよ!」
あぁ、なるほど…ついに来たか。ダ・ヴィンチは内心そう思ったが、あえて尋ねた。
「マシュは何と言っていたんだい?聞かせてくれないかな。」
「アタシがどうしてアイドルになりたいのかって聞いたら、カルデアのため、お金のためって!アイドルになって自分が楽しいとか、これっぽっちも考えてないのよ!」
「ふぅん、そうか。なら、エリザベートは誰のために歌うんだい?」
そう聞かれて、エリザベートは少し面食らった。ダ・ヴィンチ先生まで何を言いだすのだろう?
「誰って…自分のためよ。自分が楽しいから歌うのよ!」
それはエリザベートにとって当たり前の答えだった。
「…そうか。それもまぁ、ひとつの答えではあるが…歌を聞く観客は、どんな気持ちなのか考えたことはあるかい?」
「…子豚の気持ち…?」
「アイドル本人がいなければ当然ライブは成り立たないが、観客がいなくてもライブは成り立たないからね。観客、というのが抽象的なら、もっと具体的に、自分の歌を聞いてほしい相手はいるかい?」
そう言われて、エリザベートは黙ってしまった。彼女にとって、子豚は子豚であり、自分と同じ個人であるという発想はなかったのだ。
「大切なことだ。少し考えてみるといい。しばらく、練習はお休みだ。」

〜〜〜〜〜〜

「あ、マシュ!今日は練習はお休み?」
廊下を歩くマシュの姿を見つけ、藤丸立香は声をかけた。
「はい…しばらく練習はお休みで…」
声に覇気がない。何かあったのだろうか。そう思った藤丸は、久しぶりに少し話そうと自室に誘った。

「はい、お茶。」
「ありがとうございます…」
藤丸のマイルーム。2人はテーブルについてお茶を飲んでいた。
「単刀直入に言うね。…何かあったの?」
そう切り出し、マシュを見つめる。マシュは少し驚き、視線を逸らそうとしたが、何かを決心したように藤丸を見つめ返し、ゆっくりと話し始めた。
「…エリザベートさんに、ユニットを解散しようと言われたんです。私、どうしてエリザベートさんを怒らせてしまったか、わからなくて…ずっと考えているんです。」
そうして、あの日エリザベートと話したことを全て話した。

「そっか…」
私が話し終えると、先輩は何かを考えているようで、黙ってしまった。私は少し気まずくて、お茶のおかわりを用意する。
しばらくすると先輩は
「うーん、やっぱり僕にもエリザの気持ちはわからないや。」
と言って笑った。そして、じっと私を見つめてこう続けた。
「…ねぇマシュ、練習は楽しかった?」
「え、はい、楽しいです…!」
毎日ダ・ヴィンチ先生とレオニダスコーチとエリザベートさんと一緒に練習ができて、とても楽しかった。今までに経験したことのない感覚だった。
「あはは、うん、そうだよね。最近のマシュはとってもイキイキしてたもん。きっととっても楽しいんだなって思ってたよ。」
少し間を置いて、先輩はこう言った。
「そうしたらさ、不思議だよね、僕も、嬉しかったんだ。」
先輩も嬉しい…?どういうことだろう。
「マシュがアイドルになるって言った時、正直少し不安だったんだ。カルデアのみんなのためにって、無理してるんじゃないかって。でもそんな不安はすぐに無くなったよ。だってマシュが本当に楽しそうだったから。だから僕も応援したいって思ったし、とても嬉しくなったんだ。」
「私が、楽しそうだから…先輩も…?」
「うん、マシュの笑顔は、僕に元気をくれるんだ。マシュがたくさん笑っていてくれたら、僕もがんばれるんだよ。」
…あぁ、そうか。エリザベートさんの言っていたことが少しだけ、わかった気がする。
「…私が楽しくないと、見ている人も楽しくありませんよね。」
顔を上げ、先輩に笑いかける。
「私、練習が楽しいです。アイドルって、見ている人を楽しませることが仕事だと思っていました。でも…私も楽しめるのが、アイドルなんですね。」
みんなを元気にするのがアイドルなら、私自身も例外ではないんだ。
「先輩、ありがとうございます!私、もう一度エリザベートさんと話してきます!」

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