ある研究者の独り言

【注意】このSSはTRPG「シノビガミ」公式シナリオ「200」のネタバレ、及びとんでもない量の自己解釈を含みます。未通過の方が読むことはお勧めしません。
以下、本文です。




ヒトは何故生まれるのだろう。生命は脆く、すぐに死に至る。生まれてから死ぬ、その過程で、ヒトは何を残せるのだろう。その営みに意味はあるのだろうか。

私の母は、それは有能なシノビだったらしい。冴え渡る剣術。頑健な肉体。シノビでさえ知覚できぬほどの俊敏さ。そして、どれほど困難な忍務であっても必ずやり遂げる強い意志。母を知る人は皆、あれほどのシノビはそういないと口を揃えて言った。
だが母は、私を産む際に呆気なく死んでしまった。どれほど技を磨いても、どれほど身体を鍛えても、どれほど強靭な精神を持っていても。ヒトはあっさり死ぬのだ。
それ故に、私は母のことを戦闘データでしか知らない。限られたデータを解析し、修練を積んだ。最強のシノビと呼ばれた母を超えるために。だが、どれほどデータを解析しても、足りない。データの実量が圧倒的に不足している。これでは母の足元にも及ばないだろう。
どうして母は死んだのか。運が悪かったとでもいうのか。時折そんな意味のないことを考えてしまう。

一方、私の父は斜歯のシノビである前に一人の医者だった。万人を救うため日々身を粉にして働き、研究を重ねていた。
父の病院には、毎日患者が絶えなかった。表の病院では救えない者も受け入れていたためか、毎日どこかの病室で誰かが息絶えていた。父はそれを、悔しそうに看取り、死亡宣告をする。
そんな父を、私はただ見ていた。ヒトの命をながらえさせる行為は尊く素晴らしい技術なのだろう。だが根本的な解決には至らない。どれだけ手を尽くしてもいつかは必ず死ぬ。生命とはそういうものだ。父の行動は、その場凌ぎにしかすぎないと思っていた。

ある日、私と歳の近い少女が入院したと看護師から聞いた。もってあと数ヶ月らしい。この病院では、さして珍しくもないことだが。看護師の話では、かなり粗暴で扱いに困っているという。余命宣告までされているのに元気なことだ。
もう自力では歩けないらしいが、元々は鞍馬の名門のシノビであり、実力はかなり高く、車椅子で脱走することもあるらしい。一応気をつけてほしいということで、外見の特徴や名前を聞かされた。
「茶髪に赤髪のメッシュが特徴的な少女。名前は……」

私がヒト個体の観察に飽き、真冬に見つけた蛹を観察していると、突然少女が車椅子で弾丸のように突っ込んできた。私の行動の何かが気に障ったらしい。……それにしてもよく泣きよく笑う。
「なあ、お前、名前は?」
「私か?私は理人。君は……ああ」
改めて彼女を見る。外見の特徴から理解する。彼女が看護師を困らせるじゃじゃ馬だったのか。余命数ヶ月とはとても思えない。この少女があとどれだけ生きられるのか、少し興味が湧いた。
それから毎日、彼女の病室に足を運んだ。特に何かを話すわけでもなく、ただ観察する。それだけのはずだが、どこか楽しみにしている自分がいた。
彼女は日を追うごとに確実に衰弱していった。だが彼女は生きることを諦めていなかった。何やら特殊な憑依術を学び、自我を他の肉体に移すつもりらしい。
ヒトは平等ではない。生まれを選べるわけでも、死ぬ時を選べるわけでもない。それは生命の宿痾だ。生命である限り、逃れることはできない。
だが彼女は、自分の肉体を捨ててでも、生きることにこだわった。より強く、より若い肉体があれば、何者にも負けることはないと信じているのだ。
それならば私は、彼女に最強の身体を提供しようと、機械の器を作り始めた。彼女がどこまで強くなれるのか、ヒトはどこまで強くなれるのか……わくわくしていた。私の機械と彼女の術で、どんな限界も超えられると感じられた。

「ああ、理人!俺だよ!ついに手に入れたんだ、健康で、若くて、屈強な男の身体を!」
ある日、看護師の男の肉体で、彼女は私に呼びかけた。どうやら彼女の術が完成するのが先だったようだ。私の機械はまだまだ実用に耐えられるものではない。
「俺今、最高に生きてるって感じるんだ。どんな修行だってこなして、もっともっと強くなれるって……だからお前も、最強の機忍ってやつができたら、真っ先に俺と戦わせろよ!」
「ああ、約束しよう。最強の機忍を作り出したら連絡する」
彼女は自らを「毒炉」と名乗り、病院を去った。私はそれを見送り、残された彼女の肉体に目をやる。この肉体はまもなく死ぬだろう。彼女の意志は「毒炉」になったが、彼女の肉体はここで朽ちるのだろうか?
「……寿命など。天運など。くだらないな」
科学の力を信じる研究者として。そんなものに屈するわけにはいかない。これは挑戦だ。生命というモノの限界への挑戦。ここで朽ちるはずの肉体が、その定めから解き放たれるとき、科学が勝利したと言えるだろう。

彼女の肉体を持ち帰り、培養液に漬ける。これでひとまずは、生命維持が可能だ。そしてここに、あらゆるシノビの戦闘データを注ぎ込めば……これは仮説だが、母が死んでもなお、残された戦闘データがもっと多ければ、母のような強さの機忍を作ることができただろう。さらに多くの、数十数百のデータがあれば、もっと強く……最強の機忍が生まれるはずだ。

ヒトは生まれ、そして死ぬ。その過程で戦闘データを蓄積する。それを無数に積み重ねることで最強の機忍を作り出す。これこそが、ヒトの生が無意味でない証だ。ただ生き、ただ死ぬだけではない。データは残せる。活用できる。活用してみせる。肉体の死などに屈してたまるものか。
「私は理人、科学の信奉者なのだからな」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?