200+1

【注意】このSSはTRPG「シノビガミ」公式シナリオ「200」のネタバレ、及びとんでもない量の自己解釈を含みます。未通過の方が読むことはお勧めしません。
以下、本文です。





母は何故死んだのか。運が悪かったのか?今ならばわかる。母は「弱かった」から死んだのだ。ヒトという脆弱な肉体であったがために、母は死んだ。強きものが生き残り、弱きものは死ぬ、ただそれだけのことだ。

私は最強の機忍を作るため、データを集めることにした。強いと名高いシノビを集め、洗脳し、互いに戦わせた。出来るだけ苛烈に全ての能力を使わせるために、洗脳内容も慎重に検討した。

1.あなたは天才と呼ばれるシノビだ。あなたは何者にも負けるわけにはいかない。あなたの【使命】は「あらゆるシノビに勝つこと」だ
2.あなたは流派を追われたシノビだ。あなたを殺すために元いた流派が追手を出している。殺されるわけにはいかない。あなたの【使命】は「追手を殺し生き延びること」だ
3.あなたはとある人物を護衛するよう命じられている。例え自身が死ぬことになっても必ず護衛しなければならない。あなたの【使命】は「護衛対象を守り抜くこと」だ

驚いたことに、もっとも良いデータをとれたのは3番の洗脳時だった。相手を殺せと命じるよりも、誰かを守れと命じる方が、シノビは能力を発揮するらしい。これは、記録方法を変えた方が、より良いデータが得られるかもしれない……

そんなことを考えていた矢先、斜歯忍軍上層部から通達がきた。
「強力なシノビを集め、洗脳し無理に殺し合わせることは、斜歯にとって大きな損失である。即刻中止せよ」
何もわかっていない。全く何もわかっていない。ヒトは遅かれ早かれ死ぬ。ならばその前にデータを集めることが、どれほどの益をもたらすか。無謀な忍務に身を投じさせ、無益に死なせているのはお前たちの方ではないのか。
「人ならぬ外法に手を染めた理人は斜歯忍軍より追放とする」

私は斜歯の研究室を追われた。記録媒体とデータは何とか持ち出せたが、かつてと同じように研究することは叶わないだろう。まずは潜伏する場所を探さなければならない。だが、実験施設を新たに作れば、斜歯忍軍に気取られてしまう。さらに、データ収集方法もまた改善すべきである。何かを守れと命じるには、守るべき何かが必要だ。
そこで考えたのが、集落を作ることだった。培養液の中の少女を記録媒体とすることは変わらないが、この少女を軸に「守るべきもの」を作る。少女に、見た者の庇護欲を掻き立てるような自我を与え、「守るべきもの」とする。さらに、少女の故郷としての集落を用意し、「守るべきもの」の規模を大きくしていく。
これが「昴の里」だ。理人が用意した人工的な「守るべきもの」。この地を起点に、争いの種を蒔き、データとして回収していった。

・シノビの隠れ里「昴の里」には途方もない財宝が眠っている
・「昴の里」という地に行けば、最強の忍法を伝授してもらえる
・かつて「昴の里」ではシノビガミが誕生したらしい
・伝説のシノビが「昴の里」に隠れ住んでいるようだ

こうした情報を流し、腕に覚えのあるシノビを集めた。そして洗脳を施し、記録媒体と日常を送らせ、守りたいと思わせる。この仕掛けで、データの回収効率は飛躍的に向上した。あと少しで、母のデータ量を超える。あと少しで、彼女を最強の機忍にすることができる。約束も野望も果たせるだろう……

「ああ、あと少しデータが揃えば、最強の機忍を作り出せる」
「そうかそうか、そりゃあいい。ところでちょいと面倒なことになっちまってな。手頃な若い男の肉体、ねえか?」
「人体に拘るのは合理的ではない、器なら用意すると」
「いーや、ダメだ、俺は俺なりに強くなるんだからな。で、アテはあるか?」
「ふむ……ならばこうしよう」

設えの良い座敷に二人の人物が対面に座っている。一人はこの島「昴の里」を束ねる里長、もう一人は島の外からの使者である。座敷の襖は開け放たれており、美しい庭が見える。二人の間に張り詰める空気とは対照的に、庭には一匹の蝶がゆらゆらと舞っている。
「先方は秘術を渡せば、悪いようにはしないと言っております。投降してもらえないでしょうか」使者が静かに言う。
(この肉体ならば、貴様も満足か?毒炉)
目を閉じ忍び語りで問いかける。
(あぁ、いい具合だな。それにしてもお前、相変わらず陰謀が得意なことで)
(褒めても何も変わらんぞ。早くやれ)
(皮肉ってやつなんだけどねえ……っと!)
いつの間にか使者の背後に抜き身の刀を構えた人物が立っている。里長とのやり取りに気を取られていた使者は、一瞬の後に血溜まりに倒れ込む。
ひらひらと舞う蝶型ドローンに聞こえるよう、私は高らかに宣言する。
「我々は、昴の民だ」
そしてそのまま、蝶型ドローンを斬る。これで斜歯忍軍は全面戦争を仕掛けてくるだろう。ようやく最後のデータが、揃う。

〜〜〜〜〜

それからは、知っての通りだろう。私は負けた。私が弱かった。勝ったのは「舞亞」。最強の機忍の入れ物になるはずだった少女。
ある意味では、当然だったのかもしれない。私は最強の機忍を作ろうとしたのだから。入れ物もまた、相応に強くした。彼女の中に蓄積した『秘術』が再生されたのなら、それを活用した彼女に敵わないのも必然だろう。
だがこれで仮説は正しいと証明された。戦闘データを集め、解析し、活用することで、最強の機忍を生み出せる。最後のデータは、私を殺すことによって……

「だから、これがボクの答えだ」
刀を振るう、振るわれた刃は何も傷つける事はなく、だが炎が伸びて理人の首に巻き付き、文様を残す。
「ご存知、昴の呪術だ、これで貴方の行動はボクに筒抜け、もう暗躍は出来ない、最強の機忍を作るために争いは起こさせない」
「逃げることも、死ぬことも許さない、これが、ボク達の人生を弄んだ貴方への罰だ」

「……非合理的だな」
目の前の少女は、感情などというものに揺れ、私を殺す選択をしなかった。これが私の研究の果てか。こんな生温い存在に育てた覚えはないのだが。
弱きは死に、強きが生きる。では何故、毒炉が死に、母が死に、私が生きている?

200のデータがあれば完成するはずだった。だがいつの間にか、余分な1が、紛れていたらしい。それは日常。それに伴う感情。観測を大きく狂わせる1つのデータ。
研究の原点に立ち返り考える。そもそも、何故シノビは「守るべきもの」があると強くなったのだろう。まさか「守りたい」という感情が、シノビを強くしたというのか。
それならば、私は何を守ればよかったのだろうか。ただひとつ、交わした約束は、もう2度と守られることはない。

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