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土鍋のなかの世界

いつもなら頭の上に広がっているはずの青い空を、窓越しに見ていた。言葉が動き出しそうな音が聞こえて、立ち上がる。夕食の片付けを終えた台所に戻り、椅子に腰かけた。

・・・

重い頭を降りつつ、台所に立つ。箱を開け、かごを覗き、野菜を集める。蛇口から飛び出す水は、私のカサカサした手に冬の寒さを告げる。土が落ちた野菜の肌は、優しくて愛らしくてあたたかい。 

とん、とん、と響く音。まな板の上に寝転んでいる野菜たちに意識を集める。どんよりと濁っていた頭は、いつのまにやら澄みきっている。
ころんとした土鍋に、野菜をぽとぽとと重ねていく。なんて豊かな時間だろうか。塩をぱらりと振りかけ、蓋をする。火加減はやわらかな弱火。土鍋のなかの野菜はやがてくつくつと揺れながら、じんわりとその身をほぐしていく。私も一緒に、じんわりと少しずつほぐれていく。
部屋に優しいにおいが立ち込めるころ、火を止める。それでもなお、ころんとした世界では、神秘的で合理的な営みが続いている。

土鍋の熱がだんだんと落ち着いてくるより前に、私は待ちきれず蓋を取る。とたん、ふわっと溢れ出るのは、さっきより、もっとずっと濃くて優しいにおい。白い湯気が引いたあとに残るのは、さっきまで土を纏っていた野菜たち。どうしてかわからないけれど、とても安心する、その景色。
畑のなかで育った野菜が、手から手へ、手から鍋へと姿を変えつつ渡っていき、いま私の体となる。その連なりに想いを馳せると、自然と手を合わせている。いただきます、の一言に祈りを込める。

・・・

頭の中であっちこっちの引き出しを開け、ごそごそと言葉を探っていた私は、ふと顔を上げる。部屋の灯りを反射する窓の向こうには、煌めく星が、深い夜に浮かんでいた。


2021.12
祝島 ひとりの夜


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