【今日の】#11 苦しい今の話をしようか。

「一番嬉しいことはなに?」

そう聞かれた時に思い浮かぶのは
"差異" だと思っていた————

小学時代の野球チーム、
自分は6番ファーストで監督たちからは
"裏の4番"として
油断させたところで
一番打つバッターとして期待されていた。

そんな原体験はいつしか自分の存在価値を
他の人ではなく自分がいることによって生まれる
"ギャップ" がどれだけあるかで感じさせるようになった。

人からの評価よりも自分がどれだけ
その違いを感じられるか、それが幸せだと思っていた。


この一年間、本当に苦しんだ。
こうした文を書く時に形容動詞を避ける自分が
本当に、と言ってしまうほどに本当だ。
上半期はチームを持って仕事をしたが
ありえない目標設定により、
然るべき評価をされない状態が続いた。

三度に渡る目標の下方修正は遂に実るも、
新上司としてアサインされた同期に
新たな目標設定の功績は奪われた。

そして「冬のボーナスは期待しておけ」と
ニンジンをおでこに付けた走馬は
御褒美の代わりに最低評価の烙印を貰う。


初めて殺意が湧いた。

どんなロジックを自分に与えても
一向にこの感情は薄れない。
「お前はよくやった、胸を張れ」と
空虚な言葉を送れる度胸にも血の気が引く。
退職を考えていた決め手はこの評価だ。
この環境では自分は生きていけない。
アピールをしないと評価がつかない環境は
もはや監督者の責務怠慢だ。

ただ、申し訳ないと思う。
これまで自分は自分のポリシーに従い、

「自分が持つもの以上の見せ方をしない」

その流儀を貫き通してしまった。
結果、自分の下についてくれたメンバーにも
同じ評価を与えてしまっただろう。
自分はプロジェクトマネージャーとして、
自分を殺してでも彼らの評価を優先すべきだった。
そこに私情を挟んでしまったことは落ち度だ。


……唯一の救いは、
     まだ自分を信じている。

これから進む道に対して希望があり、
自分ができると。暗い未来だとは思わないこと。

その限り、生きていける。

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