ワールドブルー 社食おばちゃん物語
天井まで届く窓には真っ青な空が広がっている。
ここはワールドブルー本社最上階のカフェテリア。
昼休みはとっくに終わっていた。
会議室では皆が眠くなってくる頃合いだろう。
疲れきってぼんやりした頭で初夏の光に目を細める。
僕は蒼田我意(あおた・がい)。
自他ともに認める将来有望の大型新人だった、今朝一本の電話が入るまでは。
僕が所属するのは「おととい来やがれ課」。通称オトキヤ。
今朝、僕が組んだプログラムに重大なミスがあるとして警察から勧告を受けた。
内容は公序良俗に反するというもの。
「おととい着やがれ」とすべきところを「おととい脱ぎゃがれ」になっていたというのだ。確かに僕のミスだった。
問題は、これがCMや街頭広告や社内の中吊りに至るまで、サブリミナル効果として仕込まれていたこと。朝の渋谷のスクランブル交差点では脱ぎ出す人が続出し、情報番組のライブ中継では混乱する現場が一瞬だが全国に流れてしまった。
僕はガラス張りの打ち合わせルームに呼び出され、課長、部長、役員たちに詰問され叱責され脇汗をかきながらひたすら謝るしかなかった(このとき社長は旧知の間柄である湾岸署の蒼島署長に直談判に行っていたそうだ)。
ガラスの向こうのデスクには、先輩や同僚たちがいるのにみな他人事だった。
他人事ならそりゃ傷つくこともないだろう。
🟦🩵🟦🩵🟦
そのあとも謝罪電話や始末書などに追われ、昼食もこんな時間になってしまった。
人がまばらなカフェテリアでトレーを持って配膳エリアに向かう。
調理場には、ひっつめ髪にかっぽう着姿のいつものおばちゃんがいた。
名札に「すぬた」とある。先輩たちはこっそり「すぬ婆」と呼んでいた。
なんでもワールドブルーの前身の時代から食堂だか清掃だかの部門にいたらしい。
「あんれ、浮かない顔してどしたの」
「ちょっとミスしちゃって。昼飯も遅くなっちゃったんです」
無理に笑顔を作って答えた。
「大変だったね。カレーならすぐできるよ」
「じゃあカレーで」
この騒ぎはおばちゃんの耳にも入ってるだろうに。いちいち言わないでくれるのがありがたかった。
「あたしも若い頃はさ、陽だまりの窓辺から凍える街を見下ろしたもんだよ」
「え、なんのはなしですk」
「しっ!あとで調理場の裏においで」
カツはおまけだとカツカレーにしてくれた。
そしていつもの決まり文句。
「お残しは許しまへんで!」
🟦🩵🟦🩵🟦
食欲がないかと思ったが、一口食べた瞬間食欲が沸き起こってきた。
食器を下げに行くとおばちゃんが目配せした。
カフェテリアを出て廊下の奥の調理場の裏口に向かう。
裏口からおばちゃんが出てきた。
「内緒だよ、これあげる」
「なんですか」
「知り合いのナンノさんの試作品。色々作ってる人なんだよ。これはね、なんのはなしです果を練り込んだ【です果トォール】」
そう言うとおばちゃんは小さなジップロップに入った飴玉のようなものを差し出した。直径1.5センチくらいの丸い玉が5〜6粒入っている。透明でところどころオレンジや緑色でフルーツ飴のようだ。
「これはね、甘い言葉をささやいても虫歯にならないんだって」
「はぁっ?」
「ただし使い方を間違えると【DEATH香トォール】になっちまうんだよ」
何を言ってるんだろうか、この人は。
半信半疑で一粒口に運ぶ。
甘くてスーッとして不思議な味。
そのとき、ボブヘアの素敵な女性がヒールをコツコツさせて近づいてきた。
「すぬたさん、社長のオムライスできてますか」
「はいよっ!ちょっと待っててね」
おばちゃんは調理場に消えた。
社内でこの人のことを知らぬ人はいない。
社長秘書のゆにさんだ。
知的で有能で美しい。僕の憧れの人でもある。
「今日は大変だったね、ドンマイだよ」
ゆ、ゆにさんが僕に声をかけてくれた!
「あああ、あの、今日はすみませんでした。えええっと、僕も将来社長になりたいんですけど、そうしたら秘書になってもらえますか」
瞬間、口の中の【です果トォール】がドリアン味に変わった。
「はい、ゆにちゃんお待たせ!」
オムライスをのせたトレイを持っておばちゃんが出てきた。
おばちゃんは僕の表情を見て言った。
「あんた、またやらかしちまったね」
(終わり)
社長からリクエストのあった『楽園のdoor』を無理やり練り込んでみました。
私はこの曲知らなかったけどいい曲です。
秘書のゆにさんが作ってくれた、ワールドブルー社の会社概要(サイトマップ)はこちらです。
他の方の設定に乗っかったり乗っかってなかったり。ワールドブルーの並行世界の一つとして楽しんでいただければ幸いです。
ところですぬたさんは清掃員からどうやって食堂のおばちゃんに華麗に転身したのでしょう。どうでもいいか。
それではこれにて!
#ワールドブルー物語
#なんのはなしですか
#どうでもいいか
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