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米國領事館でまた會ひませう

Mは知つてゐた。次の新型爆彈が落ちる國がどこかと云ふことと、その日時さへも。我々の國には憲法の上位存在がある。日米安保である。我が國の國體の根幹である在日米軍に對して、自分が知り得た最大限の情報を提供しに行くのは、彼らの傘に護られた國民の義務であるとMには思はれた。

"新型"爆彈と同じく現在世界で猛爲を揮つてゐる"新型"コロナの影響でソーシャルディスタンスを取られて入店を斷られた當初の集合場所を變更し、より洒落たカフェで事前の最終打合せを終へ、營業時間內だと思はれる米國領事館へと向かつた。二手に別れた內後續の部隊が擴聲器から空襲警報のサイレンを鳴らしビルの前で3日後の脅威をひたすら警吿する中、米國領事館を內包するある階では、狂氣の計畫が實行に移されようとしてゐた。

今回の計畫は事前の準備もぬかりない。MはTらと共に現地の下見を入念に行なひ、いかにして效果的な警鐘を鳴らすことが可能かを吟味した。エレベータや非常階段の位置、米國領事館が入つたブロックの確認はもちろん、警備の警官の人數、監視カメラの有無、建物側が要求する利用事項なども總てチェックした。

一番の懸念事項はこの狂氣の計畫を實行に移す部隊の頭數が揃へられる見込みが全くないことであつた。新型爆彈投下までの時間がないが、平日の晝間に動ける人と云ふのも中々ゐない。計畫實行一週間前までには3人の有志が事前に名乘りを上げてゐたが、今回の作戰は部隊を2つにわける以上その人數では少なすぎるやうに思はれた。このまゝでは國民の義務を果たせないのではないかとMはやきもきしてゐた。そんな內新たな有志が前日に2人名乘りを上げた。そしてこの新メンバーが加はつたことにより計畫は當初の草案を越え、より狂氣へとつき進むことになる。

中で計畫を實行するM、S、Pの3人の部隊が米國領事館のあるビルに入つた。この順番には當然意味がある。空襲警報部隊より先なのは突入部隊が警戒されないやうにする爲だ。米國領事館が入つたフロアは橫に長い一直線上の廊下を有してゐる。その兩端には非常階段があり、エレベータがビル正面から見てやゝ中央左より、米國領事館は中央奧のブロックに構へてゐることが事前の調査で明らかになつてゐた。そこでまづは中の部隊も更にM、SとPの二手に別れ、Pが先に右側の非常階段で米國領事館がある階へと向かふことにした。殘りの2人はPから到着の一報をロビーにてたゞ待つた。Pからの聯絡を受け、MとSがエレベータに向かふ邊りで、中の警備員がざわつき始めた。「今日は何かある日だ。」と言つてゐるやうに聞こえた。Pの動きが向かうに漏れてしまつたかと一瞬焦るも、それが杞憂であることをMはすぐに察した。間もなくして外から空襲警報が聞こえて來た。外の部隊もいよいよ始まつたのだ。警備員は外の警報部隊の方にだけ完全に警戒を集中してゐるやうだつた。MとSはノーマークでエレベータに乘込むことができた。

エレベータに乘込んだことをPに傳へたところでわづか數分間の計畫は開始された。"We'll Meet Again"を流しながら非常階段內で假面を裝着したPが米國領事館のあるフロアの廊下に現はれ、怪しげに紙切れをバラまき始めた。警官は「え?」と云ふ困惑そのまゝ假面のPの方に向ひ聲をかけるも當然何も答へない。

一方エレベータ組は少々手こずつてゐた。Mはエレベータ內でビラを3箇所に仕込むことにしてゐた。マスクと假面の間と坊主頭と略帽の間、そして略帽と防空用鐵兜の間である。裝着が終る前に目的の階に着いてしまつては間が惡いので、裝着が濟んだ後に行き先ボタンを押すことにしたのだが、これが裏目に出てしまつた。途中2階からの利用者の割込みに合つてしまつたのである。一般利用者に假面の裝着を目擊されかけた上反對に地下に降りてしまふと云ふアクシデントにMはやゝ動搖するも、なんとか取直し總ての裝備を裝着し、目的の階のボタンを押した。今度は途中階での割込みはなかつた。

エレベータを降りると薄暗い廊下の向かうに亡靈のやうに佇むPが見えた。計畫が生きてゐることを確信したMは「あと3日だ!」と云ふ聲と共に鐵兜、略帽、假面を脫捨た。仕込んであつた大量の警吿ビラは總てバラ撒かれた。それもPが警官を引附けたことにより隙ができてゐた米國領事館の入り口前附近で。總員はそれぞれ一番近い非常階段から脫出し、警官の「ちよつと待つてくれ!」の叫びだけが悲しく廊下に響いた。

中での計畫を遂行したMとSとPは空襲警報部隊のTとKと合流し、"Rock ‘n’ Roll (Part 2)"をエンディングテーマに流しながら、米國領事館の入つたビルを後にしたのだつた。

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