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いないけど、いる話

少年団、11周年おめでとう

今年もまた、この日だ。
恒例の、夜中にだーっとnote書く日。
もう三回目か。Festa時期にこれ書くの。
そもそも私が書き始めたのが、
二年前のFestaの防弾会食後の気持ちを整理するためだった。
そこから、色んな気持ち書き留めてきたな。
振り返ってる間に朝が来てしまう。始めようか。

今日は長男が戻ってきて、久しぶりに全員の顔を見た。

貰った花を躊躇なく放る長男
真っ先に駆け寄るまっすぐな三男
愛情の深さが抱きしめ方にでちゃう五男
一回り大きくなったけど愛らしさ変わらない六男
やっぱスキンシップで兄弟の尻たたくのね末っ子
全てをその健やかさで引っ搔き回した四男
そして、私の大好きな、上下の季節感どうなってんの次男

7人揃った安心感が半端ない、最高の家族

あの場がどれだけ注目されて、
それがどういう意味づけされてるか
その美しさを何かに利用されてるかもしれない、でも
この7人であれば、それすらも軽やかにかわして
自分たちは自分たちだと
また最善を尽くして進んでいくんだろうなっていう
信頼、安心感

私たちは、
どうしてこんなにも君たちを信頼してるんだろうな
こんなにも
自分の生きている時間の真ん中に、
君たちを置いてるんだろうな

数日前、
ここを見てたらポストが流れてきた
ある病が進行している、次男のことが好きな人のポスト
最近、とても痛みの伴う治療をしたと

治療中、その痛みがくる瞬間
次男の名が刻まれた、指にはめてた小さな指輪を
つい握ったら まるで
次男が手を握り返してくれてる気持ちになって
とても安心出来たんだと書いてあった

読んで、涙止まらなくてさ
ほんとこれ、こうなんだよなって思って

アイドルとか歌手とかアーティストとか
手の届かない星の君たちが
そばに居ることの無い君たちが
確実に私たちの生活の中には“存在”して
こんなにも日常の中で
大きな“よすが”になっていること

これ
君らの仕事の一番尊いところだよなぁ
これ
君ら、ここまでだってここまでの存在ってこと、
知ってるかな
勝手に頼っててごめんけど、負担かもだけど
でも、こんなにもアミ達の生きている時間の中に
“生きて、居るよ”ってこと
伝えたいなって思ったんだ

君たちはここにいないけど
とんでもなく、ちゃんと、ここにいる
君たちが本来の居場所に戻るまで
私たちはそれぞれの人生の中で
君たちと共に歩く

11年目も、この先も
君らが隣ににいない未来なんて
考えていないんだからね

ありがとうおめでとう
11年目の防弾少年団へ

<おしまい>

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