適応障害より一年 その2

まず先に、一言、心療内科と聞くと、ほとんどの人が抵抗や偏見を持つとは思う。
だがしかし、人類の五分の一は心療内科・精神科の通院などを経験しているメジャー?と言って良いかわからないが、それほどなることがあり得る病気であることを、もっと世の中が理解をして欲しい。

わたしが異変を感じ、心療内科を受診しようと思うと妻に切り出した時も、正直言って、良い反応ではなかった‥妻は健康体で、病気もほとんどしない、仕事はバリバリ責任感を持ってやる、そんな人だ。
もちろん、異変には気づいてはいたが、家計が傾くことを恐れていたようで、見てみぬふりを続けていたとのことだった。

わたしは口コミをあちこち見ていった中でよくあるのが、
「先生は話も聞かず、薬を出すだけ」
「薬漬けにされた」
「もう、行きたくない」
など、が多く目立つ中、

「待ち時間は長いが、しっかりと話を聞いてくれる先生でした」
「先生と話をしたくて通った」
など、他とは違う口コミが目立つ心療内科を見つけることができた。
心療内科にかかる際、一つの病院で終わらないことが多い。原因は、医師・患者のコミュニケーションがしっかり取れるところでないと治るものも治らない、そういうのが精神疾患である。
わたしも働いてた時に精神系の疾患を煙たがる医師を何人も見てきた。たぶん、出会った医師でも本気で向き合って診察しようとしてくれたひとって。1〜2人くらいではないだろうか。
それくらい、心療内科選びは大変なことなのだ。

まずは予約をとり、約半月後に初診へと向かった。

口コミ通り、予約時間より1時間半くらいかかって診察室に入った。

「こんにちは、ごめんね、待たせちゃったね!」

先生の第一声はこんな感じだった。やや中肉中背ではあるが、すごく笑顔が輝いて見えたのを覚えている。

「看護師さんから話はあらかた聞いたけど、大変だったね」
診察前に看護師とのカウンセリングがあり、それを医師に伝えて診察する。

わたしの場合、前回記述した通り、尊敬していた先輩の損失・過酷な医療現場・睡眠障害、などを引き起こしていて、夜は寝れない、朝は眩暈がする、仕事中は思考が固まり、前頭葉(頭の前らへん)が締め付けられるように痛むなどの症状が頻繁に起こっていた。

約30分くらい先生と経緯を話し、症状を診ていただき、診断として出たのが、
「適応障害」
だった。

適応障害は、ある特定の状況や出来事(転勤、配転、新しい人間関係など)が、その人にとっての主観的な苦悩(とてもつらく耐えがたく感じ)を生み、そのために気分や行動面に症状が現れるもので、わたしの場合先輩の退職とコロナ禍による勤務体制の激変。それにより、憂うつな気分や不安感が強くなり涙もろくなったり、過剰に心配したり、神経が過敏になった。

まずは脳を休めるために、寝れるようになる事と、そのために脳を休めるために、
リボトリール・セルトラリン
をかなり少量から開始し、仕事をしながら様子を見ていくこととなった。

主治医は、真っ直ぐに診察をしてくれる先生だった。これでまたうまくいく、わたしはその時はそう思った。

しかし、職場ではそうはいかなかった‥
あの地獄を味わうまでは‥


              続く

#適応障害に苦しまないで
#人生は今が一番若い時
#人生はつらいことと楽しいことの繰り返し 、毎日同じでいい

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