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20081105/JUST RAGE

『英語科なんかぁ。めっちゃ頭いいんやな』

んぁ。いあいあ。

口を大きく開けたまま私は答える。
30歳程の美人の歯科医が私の奥歯に詰め物をしている。
8年前に神経を抜いて銀を詰めた歯が腐っていたらしく、週一で通うことになった。
彼女に週一で汚い口の中を見せる背徳感目当てではなく、そもそもワケのわからん菌に好き勝手させる事自体が許せないだけなのだ。
来週の予約をして、朝10時に歯医者を出る。
原付に跨り、MP3プレーヤーの電源を入れる。
"Remenber/Cradle"が流れ出し、スピードを上げてバイト先に向かう。
途中でコンビニに寄って煙草のカートンとコーヒーを買う。
ユニフォームで一杯になったメッセンジャーバッグにさらにそれを詰め込む。
朝家を出る時は雲っていた空からは太陽が出始めていた。

バイト先に到着し、前日の連絡事項が書かれているノートをチェックする。
ユニフォームに着替え、タイムカードを切る。
休み明けなので客足が鈍い。
時間が経つにつれ私の通帳が少しづつ潤っていく。
それとなく、だがミスなく仕事をこなし、3時前にタイムカードを切った。

家に帰り、学校に行く準備をする。
原付に跨り、プレーヤーの電源を入れる。
"まどろみ/溺死(ハルビンズ二拾五)"が流れる。
途中の道で、交通量調査をしている男性が居た。
彼の手には銀色のカウンターが握られている。
目が合う。
カチリ。
その瞬間、私の残像はカウンターの中に絡め取られた。
カウンターがリセットされるまで、私は二重の世界に存在することになった。

4時過ぎに学校に到着する。
駐輪場に留まっているバイクの数がいつもより少ない。
食堂の電気も消えていた。
忘れていた。今日は大学祭の振り替えで授業が無かったのだ。
学校の購買は5時まで開いていたので、パンとカロリーメイトを買った。
図書館に入る前に、B棟前でパンを食べる。
なるほどこんなに人が少ないのは、授業が無いからか。
タバコを2本吸って図書館に入る。
無線LANが使える部屋に入り、THINK PADを広げる。
この大学もODINSを取り入れたが、セットアップが非常にややこしかった。
パソコンの電源を入れっぱなしにして、ゼミの課題本を読み始める。
課題範囲まで読み終えた後、タバコを吸いに外へ出た。
外は寒かった。ダウンを着てくればよかった。
B棟前では1組の男女が会話していた。
中に戻り、ブラウザでYouTubeを開く。
お気に入りの桂枝雀の落語を見る。どうすればこんなに早く喋れるのだろう。
室内は私以外に誰も居なかった。
寒くなってきたので、暖房を入れる。
視聴を終えて、そろそろ帰ることにした。
すれ違いで外人が1人入ってきた。
原付に跨り、手袋をして、プレーヤーの電源を入れる。
"Braggin'&Boastin'/The SP"が流れ始める。

正門を出た所の坂のわき道に、黒猫が3匹同じ姿勢で座っていた。
薄汚い風貌の彼/彼女らは微動だにしなかった。
慣性速度のみで側を通り過ぎる。
そのうちの1匹と目が合った。
彼/彼女は、昔からそこにいた。私が生まれるより遥か前に。
私はここだけに存在するのではない。
カウンターの中に。写真の中に。データの中に。トンネルの中に。森の中に。冷蔵庫の中に。井戸の中に。寂れたアパートの一室に。階段の踊り場に。ダムの水辺に。屋根裏に。離れの部屋の炬燵の中に。意識の裏側と表側に。
隠れていたものが、見ない振りをしていたものが、また姿を見せた。
下り坂でアクセルグリップを捻る。

途中で薬局に寄り、シャンプー、ボディソープ、そしてリステリンを買った。
歯のことを歯科医に注意されてから、自分の口の中が恐ろしくなった。
アイスとビールもカゴの中に入れた。
レジで「アイスも袋一緒でいいですか?」と聞かれたので、「はい」と答えた。
店員は不思議そうな顔をした。私はもう一度「はい、いいですよ」と答えた。

帰り道では先ほどの交通量調査員がまだ居た。
今度は目を合わせなかった。

家の前に着き、原付を留めた。
家賃5万円のアパートはロフト付きで、周辺環境も静かでいい。
ユニットバスのドアは破れ、便座は割れ、ベランダはペンキだらけだけれども。
玄関までの階段を上る。
3段目で踏み外し、向こう脛を強打した。鋭い痛みが走り、顔が歪む。後ろを振り返ると、西の方に三日月が出ていた。遠方で救急車のサイレンが鳴っている。玄関の鍵を開け中に入り、乱暴に靴を脱いだ。アイスを冷凍庫に入れ、一眼レフを持ってベランダに向かった。三日月をファインダーに捕らえる。月の引力がこっちの世界に干渉するならば、等しく月すらも唯一なものではないのだ。だが暗さのせいで上手く撮れない。世界は永遠に私の手をすり抜け続けるのだろうか。例えば私がこうしてタバコを吸いながら日記を書いている最中、イビキを掻きながら薄い布団で寝る母の事を考えること。例えば私が暖房の効いた部屋でダウンジャケットを着ながらアイスを食べている最中、夜中の誰もいない道路をスーパーカブで走りながら新聞を配っている父の事を考えること。例えば一眼レフのレンズを交換している最中に、色んな人と交わした最後の言葉を思い出すこと。黒猫はずっと昔からそこにいた。脛の痛みは治まらない。アドレナリンが痛覚麻痺に効くらしい。興奮状態時に分泌されるアドレナリン。遠いサイレンはまだ弛緩した夜に響いている。

怒れ、怒れ、怒れ───

───✂───

noteを書き始めて約1ヵ月。毎日書くという目標は達成できなかったけど、アウトプットの良い練習にはなったと思う。

昔と比べて文章力(文章力ってなんだ?)はどう変わったか、11年前にブログで書いた文章を引っ張りだした。

改めて見ると、文章力どうこうより、今と変わらず根暗で友達が少ない奴だったんだなと我ながら同情する。

この日記の前後の日記も見てみたが、破綻とはいかないまでもちょっと病んでるのでは?という文も多い。

思い出してみれば確かにこの時期は何かに対して不安を感じていたような気もするが、具体的に何にそんなに怯えていたのかは忘れてしまった。

歳をとって、いい意味で感情の起伏が少なくなったようにも思う。今の環境が自分に適しているというものあるけど。

あと、note(文章)を書くというのも、感情の均衡を保つのに一役買っている。

心が「揺れた」時の状況・気持ちを文章にする為に頭の中で整理するというプロセスを経ると、尖った怒りや鈍い悲しみも自ずと静かになっているのだ。これは文章化することによって感情が客観性を帯びて、「よくよく考えたらそんな大したことじゃないな」と冷静になれるからだと思っている。

言葉には魔法があるなあ。小難しい文章で知識を蓄積するのもいいけど、どこかの誰かの何でもない一日の日記も読んでみたい。

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