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「人々を魅了する奇策と個」 UEFAチャンピオンズリーグ Round16 1st leg レアル・マドリー vs マンチェスター・シティ マッチレビュー

試合結果

結果:RMA 1-2 MCI
得点者:60' イスコ(RMA)
    78’ ガブリエル・ジェズス(MCI)
    83' ケヴィン・デ・ブライネ(MCI)
場所:サンティアゴ・ベルナベウ
主審:ダニエレ・オルサート
スタメン:下図

CL 1st leg vs Real Madrid スタメン

【前半】 -1- ボール保持で見える「詰めの甘さ」

ラウンド16の中でも中々の好カード。マドリーの方はリーグ最少失点、シティの方はリーグ最多得点となっており、マドリーは守備でシティは攻撃というイメージが強い。きっと多くの人がペップシティがボールを握り、屈強なマドリー守備陣に立ち向かうという構図になると予想しただろう。

しかし、実際はそうではない。キックオフ直後からマドリーはボールをつなぎ、シティのプレッシングをいなしながら押し込んでいく。

シティの守備時の陣形は4-4-2。その一方でマドリーは4-3-3であるため、噛み合わせて考えると、マドリーが後方で3vs2の数的優位を得ていることがわかる。このような構図はシティのリーグ戦でもよく見られる形で、選択肢としては中盤を1人前に出して数的同数の状態にしてエンジンを全開にしたり、あまり前からギアを上げてプレッシングをかけることはせずに守備を構築するなどの選択肢がある。シティはここで後者を選択した。ベンゼマやイスコといった、ライン間を使う能力に長けた選手らを考慮してのことだろうが、これによりシティのボール保持中心という大方の予想は覆される形となった。

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ただ、プレッシングを全くかけないというわけではない。数的不利ではありながら、デ・ブライネとベルナルド・シウバがスライドして圧力をかける。ここでポイントとなるのが「選手起用」である。豊富な運動量を持つベルナルド・シウバが中央に起用されたことで、部分的に数的不利をカバーすることができていた。現地の予想フォーメーションとは違い、ジェズスがサイド、ベルナルド・シウバが中央であった理由は後々述べていくつもりだが、ベルナルド・シウバがトップに起用された効果が守備面にも出ていた。

一時的にサイドに追い込まれれば数的優位を生かせなくなるぞ!となったマドリーは、モドリッチがここでひと工夫加えることで、これを打開。かみ合わせ的にはロドリとマッチアップするモドリッチだが、低い位置に下がることでロドリの監視下から逃げつつ、ビルドアップをサポート。数的同数にされるなら1人加えて数的優位にしよう!という魂胆である。モドリッチのプレースタイルやイスコのWG起用を踏まえると、追い込まれればモドリッチが降りてサポートすることは日常的に行われているだろうと考えられる。

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というわけで、マドリーはボールを失うことなく前進に成功。徐々にシティの方もプレッシングの圧力を下げていき、マドリーの崩しvsシティのブロック守備という構図も増えてくる。

ブロック守備となってもシティの陣形は4-4-2のままで、マドリーの方も配置を変えることはない。その崩しの局面で司令塔のような役割を担ったのがアンカーのカゼミーロ。真ん中に立ってサイドからきたボールを受けて逆サイドに展開するということが多かった。

カゼミーロを中心として両サイドからの攻撃を仕掛けていったマドリーだが、サイドチェンジには「相手を揺さぶる」という意図よりも、「両翼で攻められる方から攻めていこう」という意図の方が強い。右サイドで仕掛けてみてダメだったら逆サイドへ、というような感じである。

左サイドではドリブラーであるヴィニシウスがワイドをいっぱいに開いてボールを受ける。彼の持ち味は「突破力」であるため、ここからドリブルを仕掛けるのは半ば自然なことである。しかし、この試合の対人相手はウォーカーだった。ヴィニシウスは、ここ最近の試合では絶好調なウォーカーを相手に緩急で抜くこともフェイントで抜くこともできなかった。質的な優位性は作り出されない。

ここで単独突破ができないとなれば、味方のサポートが必要になってくる。考えられるのはメンディの追い越しや、バルベルデのハーフスペース活用であるが、結果的にこれらはなされなかった。メンディのオーバーラップは、ヴィニシウスがワイドに開いているため止むを得ないが、バルベルデの方はハーフスペース活用したいところ。ここを起点にしてワンツーをしたり裏抜けしたりできれば左サイドでチャンスは訪れたであろう。まあ守備と走力がもの凄い彼がこれをしだしたら止められるのか感はある。シティがよくやることだし。

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一方、右サイドではワイドを使うカルバハルを起点にモドリッチとイスコが入れ替わりながらボールを受ける。最終的な到達地点が、ベンゼマへのクロスボール配給なのかはわからないが、ここで攻撃を作ることはできなかった。

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時として、イスコは左右へ流れることで、先ほど指摘した左サイドでの機能不全を補おうとしたが、構造的な解決にはならず。相手を押し込むことには成功したが、両サイドで構造的に有効な攻撃の手段を見せつけられなかったマドリーは点をとることができなかった。ゲームモデルがないというのも影響しているのかもしれないが、詰めの甘さが垣間見えたというのが正直なところである。

【前半】 -2- トランジションで圧力を

失点をせずしてボールを奪う機会が何回もあったシティだったが、ここでボール保持につなげることはできない。個人的にはここがこの試合での注目ポイントだと思っている。「守備から攻撃への切り替え」いわゆる「ポジトラ(ポジティブトランジション)」が前半の展開を左右したように思える。

「狭いスペースを攻め、広いスペースを守りたい」とペップは度々発言しているが、コンペティションのレベルが高くなるとある程度は狭くして守る必要がある。しかし、狭く守れば、ブロック守備時にボールを奪った瞬間というのは周辺の味方は皆近い距離感にある。そのため、周辺の味方にパスを繋いでもそのパス自体は無意味なことが多い。むしろ、それらのパスは配置を整えるための「時間づくり」であり、それをするにあたってボールを失わないようにするために「ロンド」(いわゆる鳥籠)が重視される。そもそもシティはブロック守備を試合の中で継続的にすることがほとんどないし、仮にしてもポジトラで奪われることはないのが、リーグ戦での実状である。

ただ、マドリーは違った。マドリーの選手らはこのスピードと強度が物凄く高い。バルベルデやカゼミーロ、モドリッチといったMF陣はもちろんのこと、FWのベンゼマもチェイシングを怠らないし、この試合のヴィニシウスはこの意識が高かった。奪われた瞬間に前方のスペースを封鎖するように立ち位置に戻り、それと同時にボールを奪いにかかる。それに加えて後方にはセルヒオ・ラモスとヴァランという屈強なCB陣。中距離ボールでカウンターを狙えばインターセプトをされてしまう。ここの強度が高く、シティの配置整理の時間づくりのためのボール回しに圧力をかけたことで、シティにリズムを作らせないようにした。

具体的には、ボールを奪ったラポルトが近くにいるギュンドアンやロドリにパスするものの、高い圧力のためにパスをリターンするというものが多かった。ボールを奪われてショートカウンターを喰らいかけるなんてシーンも何回か見られた。「狭いスペースを攻め、広いスペースを守りたい」というペップの発言の真意がよくわかる。

【前半】 -3- 安全策を奇策に

さて、シティのボール保持の局面である。基本的にマドリーのボール保持が続いているため、シティのボール保持はビルドアップから組み立てていかなければならない。

マドリーはシティのビルドアップに対して前プレを仕掛ける。IHの傍らが前に出て2トップの一角となり、4-4-2になる。ビルドアップ時にも4-4-2を崩さないシティに対してはマンツーマンでぴったり噛み合う。マドリーはマンツーマンで前プレを仕掛けた。

その一方で最終ラインの高さはかなり低め。マフレズやジェズスなどスピードに優れたFW陣を擁するシティに対し裏へのボールに対応できるようにしようというものである。

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シティの配置でポイントとなるのは、ジェズスがサイド、ベルナルド・シウバが中央という点だろう。この起用の戦術的意図は、ジェズスの斜めのランニングだ。マンツーマンで前プレをするマドリーに対し、ライン間を使うようなボールは、前に出てインターセプトをする能力に長けたセルヒオ・ラモスとの対峙を考えれば分が悪い。そこで、あえて2トップを囮としてゼロトップのように手前に引かせ、CBが出てきかけたところをWGの斜めのランニングでつく、といった手法だろう。斜めのランニングは、CBにとってもSBにとってもついていきにくい。エデルソンは、斜めに走るジェズスやマフレズを狙ったロングボールを蹴ることが多かった。この斜めのランニングをさせるために、ジェズスとマフレズをWGにおいたのである。

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ただ、ペップが「ロングボール主体の攻撃とする」と決めたのかというとそうとも言えない。マドリーのマンツーマンをシティの後方陣と重ね合わせたときにどちらが優位に立つかは、ペップ自身にとっても予想のし難いものであったように思える。そこで、「安全策として」ロングボール攻撃を取り入れたのではないだろうか。基本的にショートパスによるボール保持は揺るがないが、マドリーのマンツーマンに勝ることができなければ、ロングボールを使おうと決めたのだろう。何故ペップがマドリーのマンツーマンを予測できたのか、についての個人的な見解は下に貼っておく。

で、実際どうだったのかというと、「レアルの勝利」であった。ラポルトやオタメンディに寄せる早さはめちゃめちゃ早かったし、デ・ブライネやベルナルド・シウバがMFの脇を狙ってもバルベルデやカゼミーロの戻りの早さによってビルドアップの出口とはなれなかった。エデルソンはロングボール攻撃を選択する。

ロングボール攻撃の方も、確実に狙いの場所へ届けられるわけではないし、ロングボールの飛んでいる時間に準備も可能ではある。おまけにエデルソンはこの試合の調子が悪そうだった。後半に自分の蹴ったロングボールを見て首を横に振っていたし。

もちろん、ボール保持において全く歯が立たなかったというわけではなく、シティがマドリーを押し込むシーンは何回かあった。押し込んでもシティは基本的な方針を変えず、斜めのランでゴールに迫る。この際ラストパサーとなったのはライン間を取るデ・ブライネとベルナルド・シウバで、カゼミーロやバルベルデが戻りきれなかった時に訪れたチャンスというのが、前半のジェズスの決定期である。ただ、決定期の数を見てもわかるように、マドリーの守備陣の個の力は物凄くハイレベルで、デ・ブライネらがライン間を自由に使えるというシーンはそんなになかった。

前半を総じてみよう。プレッシングの圧力を下げ前進を許したことでブロック守備の時間が長く続いたシティだったが、マドリーの攻撃の薄さゆえに失点には至らない。しかし、ポジトラと組織守備の局面で個の強さを持つマドリーは、その長所でもってシティの奇策に対応。両チーム得点は奪えず、前半を0-0で終えた。

【後半】 「個」が試合を変える

後半になると、シティは前プレを開始。前方での数的不利には、MFの傍らが前に出ることで対応。前半の流れの悪さの原点は「プレッシングの圧力を下げたこと」であったため、根本から変えて流れを引き戻そうという考えである。

マドリーはギアの上がったシティの前プレを回避することができなかった。モドリッチとバルベルデの立ち位置変更の意図は見えなかったが、特に右サイドではプレス回避をすることができず、ロングボールによる回避をせざるを得なかった。

これによってシティのボール保持の機会が増える。プレッシングもすぐにかかることはないため、割と余裕を持ってボールを握れた印象。シティの崩しvsマドリーのブロック守備という局面が徐々に長くなる。

後半になってもボールを保持する局面での基本的なプランは変えず。ジェズスは中央にポジションを戻したが、今シーズンから斜めのランニングを新たな武器として会得しようとするマフレズが裏を狙う。56分のマフレズの決定期はまさにプラン通りといったところだ。

こうしてようやくシティ得意のボール保持の局面が増えたかなというところで試合が動く。後方からのビルドアップを諦めたマドリーはクルトワがロングボールを蹴る。その後、マフレズがボールを奪ってシティが組み立て直そうかとしたところでパスミスが発生。それで流れたボールをかっさらったヴィニシウスがフリーのイスコへラストパス。これを受けたイスコがゴールの左下に流し込んだ。ロングボールを蹴らせることでボール保持の機会を増やしていただけに、このミスは手痛いものであった。

得点後のあたりからは両チームのプレス強度は落ち、ボールをもてば前進して押し込むという展開が続く。両チームともにボール保持の精度は高いのはもちろんだが、特にハイレベルなのはトランジションの部分。ボールを奪われればギアを上げて自由にボールを持たせないようにする。シティは前半での失敗もあってクリアがほとんどになるし、レアルの方も得点のあとはボール非保持の状態から奪って速攻!とはならなかった。再びシティに奪われるか、速攻を試みてもシティの帰陣が早いために作り直しとなったかのどちらか。

こうして時間が刻一刻となくなっていく中で試合を変えたのは代わって入ったスターリングと、この日キャプテンを務めたデ・ブライネだ。ジェズスが中央に戻ったことで「裏への抜け出し」が行われなくなった左サイドにスターリングが入ったことで、裏へのロングボールが活発化。長距離パスに長けたギュンドアンからのボールをスターリングがサイド奥深くで収め、デ・ブライネへ。ドリブルを開始したデ・ブライネは、全力で戻るバルベルデからボールを隠しながら体をねじ曲げるようにしてクロス。これをジェズスが沈めて、同点に追いつく。これはデ・ブライネがやばい。あんなんやられると思わないもん。

同じようにして、シティの個の力は試合を動かすことに。82分のスターリングのドリブルがカルバハルのファールを誘い出しPKに。不安が残るシティのPKだったが、デ・ブライネはそれに屈せずPKを沈め、逆転。失点まではマドリーが主導権を握っていたものの、あっという間にひっくり返される形となった。

そんなことがあり、一気に追いかける展開となったジダンは、ヨヴィッチとルカス・バスケスを投入。得点がなんとしてでも欲しいんだ!って感じはするけど、戦術的意図は全く読めない。アウェーゴールを取られたのだから気持ちはわかるけど。

というように、逆転されてからは大混乱状態となったマドリーだったが、さらなる事件が発生。カゼミーロのパスミスをかっさらったジェズスがヴァランを置き去りにし、一気に1vs1へ。この2人の過ちを請け負うようにしてセルヒオ・ラモスがジェズスを倒し、一発退場。マドリーのキャプテンは2ndレグの出場停止が決まる。

その後は10人のマドリーからできるだけアウェーゴールを取ろうとしたシティが前のめりになったことでオープンな展開に。マドリーも惜しいシーンは訪れたが決められず。試合は1-2で終了した。

あとがき

プレミアリーグの方はリヴァプールの独走状態が続いているということで、シティはCL制覇に舵を切っている現状。そんな現状があっていいのか!とかは置いといて、ラウンド16で迎えた相手はかつて何度もCL制覇を成し遂げたレアル・マドリーであった。CL制覇時には得点を量産し続けていたロナウドがいないとは言えども、全く侮れない相手である。守備陣は屈強だし、FW陣にも怖いアタッカーはたくさんいる。ビッグイヤーを掲げるための「門」として待ち構えるマドリーに対してペップシティがどう戦っていくかは、ファンとしてもなかなか楽しみであった。

蓋を開けてみれば、案の定ジェズスをサイドに、ベルナルド・シウバを中央に起用するという奇策を見せる。攻守両局面で論理的であったこの選手起用について、個人的には成功とみて良いのだろうかと思う。シティのボール保持の能力とマドリーのマンツーマン守備を重ね合わせた時にどうなるかは未知数であり、安全策としてのロングボールを主導権を握れるものと改変したこの選手起用は見事であったと思えるし、守備の面でもベルナルド・シウバの貢献度は高かった。

ただ、それ以上にマドリーの能力が高かったのも事実である。特に個の守備能力はとても高く、後方3枚はもちろんのこと、モドリッチやバルベルデはとてもハイスペックだったし、イスコやヴィニシウスも頑張って守備をしていた。主導権を握らせまいといったマドリーの頑張りの効果は確実に出ていて、シティの選手やスタッフ、ファンの心を不安に導いたと言える。

正直追いつくまでは本当にシティの劣勢だった。後半にボールを握れる時間が増えても得点の糸口は今ひとつ掴めないままだったし、失点シーン以外にもゴールを脅かされるシーンはいくつもあった。奇策として用意された戦術が機能して訪れたビッグチャンスにもクルトワが立ちはだかる。「やっぱりマドリーは強いなぁ」と思わず言ってしまいそうになるくらいの展開だった。

そんな劣勢を一瞬にして変えたのがデ・ブライネだ。まじで頭が上がらない。あんなクロスされると思わないでしょ。なんなんだあいつは。そんな声がマドリディスタから上がってもおかしくないくらい信じられないプレーだったと思う。あの得点を境にして瞬く間にマドリーが崩れていくのが見えた。ジダンの選手交代やセルヒオ・ラモスの退場はそれを象徴している。大混乱の状態をリセットできないままシティは勝利をもぎ取った。デ・ブライネのあのワンプレーで。

ビッグイヤーを掲げるにあたってひとつ歩を進めたシティ。ペップの奇策は心踊らされ、期待に応えてくれるプレーをする選手がたくさんいるから、ペップシティから目が離せないのだろう。


トップ画像引用元
https://twitter.com/ManCity/status/1232757515856883720?s=20

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