見出し画像

写真に関するよもやまはなし 『に』

画像2

画像3

標準(キット)ズームレンズ嫌いこそ標準(キット)ズームレンズを大切に...

手軽な物撮り、記念写真用、またカメラの初心者に貸し出す場合に最適なレンズですね。
スナップで使うと、すぐ煮詰まってしまうような気分です。かなり沼の瘴気に毒されていますね...

写真の基本の基本は、50mmとか35mm単焦点ではなく、明るくない標準ズーム(キットズーム)からだと思っているのは私だけでしょうか?

リセットボタンを押すみたいに、時折そんなズームレンズに戻るのは大いにおすすめです^^

だから、望遠域の標準ズームは思い切りセコセコして、Aマウントの暗いレンズにしてしまいました。またこれがよく写るんです...

正直標準(キット)ズームレンズじゃ思うような写真が撮れないというのは、やはり下手くそにも程があると思わざるをえません。

画像3

画像4

それぞれ個人的な位置づけはあると思いますが、やはりこの沈胴ズミクロンはずいぶんと個性的なのです。
このレンズでしか撮れない写真は、いわゆるオールドレンズでもなく、現代のレンズと拮抗するわけでもなく。

やはり沈胴ズミクロンの真髄はモノクロでしょうね。
薄暗い光の下で艶のある色を出すこともあり、時に捨てがたいものがありますが、くっきりとした光と影の下では、やや物足りなく感じます。

※MapカメラのLeica M10に装着した作例ですら、彩度を上げすぎかつWBのずれにより、色がけっこうおかしいようで...
※あと周辺画質の崩れ具合もM10もα7シリーズでもあんまり変わらんようですよ。広角ならともかく、標準50mmですし、これがレンズの実力だと認識すれば自ずと使い所も見えてくるというもんです。

画像5

画像6

こういう被写体に無意識に惹かれていながらも扱いあぐねていたのですが、なんとなく腹に落ちた気がします。
もちろん感性の問題じゃなく、風景の無数の連なりの中で自ずと浮かび上がってくるもんなんですが。

なんと言うか、無関心という蓋の下に流れる暗渠の流れみたいなものです。

画像7

画像8

このコロナ禍の情況下においても、スナップ界隈のいわゆるプロと称する写真家連中どもの発信って、何を勘違いしているのか発信感度(反射神経)が鈍すぎて全く役にたちません。

この期に及んで、またぞろ機材レビューかよ!って腹立たしいことばかりです。それなりに取材ノウハウはお持ちでしょうし、被写体へのアプローチも私のような一素人にくらべりゃ容易なはずです。

一番タチが悪いのはフォトジャーナリストとか自称しながら、理屈だけが立派だが、センシティブな問題に対する具体的なアプローチに欠く連中です。

画像9

画像10

その場の記憶とうまく重なるような、優れて喚起的な空気感は、絞ってこそ得られるもので、絞りを開けて背景を溶かすのは、やはりあくまでも主観的な印象論の世界なのではと、この椿泊の写真を振り返って思いを強くしました。

画像11

やはりかつてのペンタックスのレンズは良いと思います。
いつかは、もっとシルキーなA 50mm F/1.2を手に入れようかと思っています。

なら〇〇の方がもっと良いに決まってるじゃんという人が出てきそうですが
親戚の嫁のいとこが医者で...みたいな話で、もひとつピンと来ないのです。
縁あって出会ったレンズとそうじゃ無いレンズ。そんな割り切れないところもあってこそ面白いのです。

そんな話のわからない人がカメラ機材のレビュー欄にぎょうさんいてますよね(爆)

画像12

フォトジャーナリズムという名の”徒労”
香港で、わらわらデモを取り巻いている「PRESS」の腕章・ベストだけは立派な連中を見ていると、ぜんぜん希望を見いだせない分野だったりします。
ただ、いまだやっぱりカメラ(機材)は大きくないと駄目だプンプンなんて、馬鹿なこと言ってる連中を信じちゃいけないって、写真の彼は教えてくれますよね(爆)

フォトジャーナリスト(機材レビュワーではない)を夢見て真似事するような若い人材いったい何人いるのかな?
当然、裾野の広い職種ですから一概にはどーと言えませんが、やはり世の中を変える意気込みのある人がプロと呼ばれる人じゃないかと思っていました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?