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近くて遠い

土曜日。

駅前の歩道橋を皆足早に通り過ぎる。
その片隅に、あっけなく散りゆく今年の桜のごとく、今にも街角に儚く融けてしまいそうな中年男性が立っていた。
むろん、誰かが立ち止まる気配はない。

男性は、何かに憤りを感じているようだった。
最初、食堂で昼飯を食べながらテレビの国会中継を見ては思い出したように時折野次を飛ばすおっさんのようだと思った。
しかし、黄緑のパーカーを着てたすきをかけたその出で立ちから、来る選挙に向けて演説をしているつもりだということを、辛うじて理解した。

「安倍首相に任せとったら、あきまへん」
何を任せてはいけないのか、全く聞き取れなかった。拡声器の立場がない。
褒められもせず苦にもされない見知らぬおっさんが、わざわざ拡声器を使い、公約を言うでもなくなぜか愚痴を垂れている。
そう認識した途端、
「あきまへん。あきまへん……」
急激に失速し、萎んだ声で「あきまへん」を繰り返しはじめた。

私はおっさんを、残酷にも少しだけ不憫に思ったが、その後振り返らなかった。

(この記事は、2016年4月11日はてなブログに掲載したものです。)

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