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『イワノキツネ』第2部 №9

大狐は夜空を自由に飛び回る。

小野さんは大狐の背中に、チョビヒゲ猫は3本目の尻尾に、猫さんは7本目の尻尾に掴まる。

大狐はゆっくりと体を夜空へ持ち上げると、9本の尻尾を上手にうねらせて空へと舞い上がる。尻尾に掴まる猫さんたちは、振り落とされそうになったが、持ち前の身体能力と鋭い爪で、なんとか大狐の体に食らいつく。眼下にはお祭りを終えた商店街の灯りが見えた。チョビヒゲ猫は小さな声で「行ってきます」と挨拶する。

大狐の飛翔は豪快で、二度三度すべての尻尾をうねらせると、まるで場面が変わるように一瞬で周りの景色が変わった。通常の移動とは違う、空間を移動しているような不思議な感覚だった。

猫さんは大狐の尻尾の大まかな動きを掴むと、上手に体重を移動して、くつろげる場所を確保する。チョビヒゲ猫はしっかり掴まっているだけだったが、大狐の大きな飛翔のリズムに、次第に眠くなり、そのままウトウトし始める。

「君はどこに行っていたんだい?」

背中に掴まっている小野さんが大狐にたずねる。大狐は大きくクシャミをする。振動でチョビヒゲ猫が起きたが、また眠る。大狐は小野さんの問には答えず、ふと下を向く。くつろいでいる猫さんの頭に乗っていた悩みを聞く石が、その場所に反応する。

「その御石の故郷でしょう」

大狐は倍音の様に鳴り響く深い声で振動した。リラックスしていた猫さんはびっくりして背中から大狐を覗き込む。空から見ると大きな岩がバックリと割れている。

「白ヘビはあの岩から逃げ出したんだ」

猫さんは頭の上にある石を触ると、石は明らかに興奮していた。小野さんの話によると、鬼婆伝説や悩みを聞く石の大元になっている安堵石と呼ばれる珍しい石が置いてあるそうだ。

「降りましょうか」

「白ヘビも君を追ったのかと思っていたけど」

小野さんの更なる問いに大狐は答えない。石は望郷の念が起きるほど旅立ちから月日が経っていないと告げると、大狐は地響きのように笑った。

次の瞬間には大狐の故郷の上空に来ていた。大狐の故郷には沢山のトラロープが張られており、いつもとは違う立入禁止になっていた。大狐は上空で怪訝な表情をすると、空中でコーンと一回転する。全員が振り落とされそうになったが、なんとかしがみつく。

小野さんは大狐に、自分達を目的地まで運んでくれたら、あの場所を元に戻すよう栃木県に働きかけようと提案する。大狐は駆け引きが大嫌いだったが、しかたなく承諾する。猫さんもなんとなく小野さんの提案に釈然としなかったが、夢の中の風景を見てみたい気持ちに変わりはなかった。

チョビヒゲ猫は大狐の尻尾で寝ている間、奇妙な夢を見た。沢山の白い石が海の中に沈んでいて、陸には何も見当たらず、時折海を覗き込む人々はいても、その風景に不思議や疑問を感じる人はいないようだった。チョビヒゲ猫は恐る恐る打ち寄せる波に肉球を浸すと、とても冷たかった。

眠りながらチョビヒゲ猫は、猫さんが追い求める風景は、期待するような素敵な場所ではないのかもしれないと予想する。とにかく今回の旅に気が進まないチョビヒゲ猫は、夢の中でもやっぱり気が進まないのだった。









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