見出し画像

『あらわれない世界』№8

プシューと白い煙を吹き出してうつろ船の扉が開くと、現れたのは古代人だった。伝説ではうつろ船の乗組員は金髪の女性で、長い箱を持っていると言われていたが、現実は違っていた。

「あっ!おやじ」

パントリーに隠れていた猫さんが、小野さんとチョビヒゲ猫の間から庭の様子を見て叫んだ。

「トンボのおやじ!」

小野さんは冥界人名録でしかトンボのおやじを見たことがなかったので、初めて実物を見た。チョビヒゲ猫も噂では聞いていたが見たことはなかった。猫さんは見たことはあるけれど、特に親しいわけでもなく、どちらかというとあまり関わりたくはない。

2匹と小野さんは、どうしたものかと顔を見合わせるも、古代日本語の知識がある小野さんが代表者として庭に出ることにした。庭は寒そうで、見るからに薄着のおやじは震えている。庭は小野さんに任せて、2匹はとりあえず会館を温めることにした。

おやじは最初小野さんと身振り手振りで話していたが、小野さんがおやじの言葉を理解したのか、和やかに会話をしている。2匹は小野さんの好奇心は大したものだと感心しながら、茶の間に即席麺を用意する。ストーブのお湯が湧くまで、2匹はしばらく庭の2人の様子を見守ることにする。

小野さんはおやじの体をパタパタとほろうと、会館へとお招きした。2匹は少し警戒したが、トンボのおやじは、猫達がいることに気がついていないようだった。ヨロヨロとおぼつかない足取りで茶の間まで来ると、白い壁に描かれたカーを見るなり叫び声をあげ、ひどく狼狽して恐怖におののいた。猫さん達も動揺したが、小野さんは冷静に、そっとおやじの肩に手をやる。

「大丈夫です。これでも私は冥府の役人です」

チョビヒゲ猫は、小野さんの猫さん達といる時とは全く違う、冥廷を取りしきるオフィシャルな表情を垣間見て、ハッとする。チョビヒゲ猫は、このところ、猫さんに対するヤキモチから、小野さんの姿を歪めて見てしまっていたことに、バツの悪さを感じる。

おやじは、小野さんの声がけに安心したのか、猫さんの用意した即席麺を美味しそうにたいらげ、結局3個もおかわりした。猫さんがストーブに新しい水を足すと、おやじはようやく落ち着きを取り戻した。


いただいたサポートは活動費にさせていただきます。