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『イワノキツネ』第2部 №14

「これ史料でしか見たことなくてね!」

小野さんは浜辺にある、とても珍しい大きな岩を熱心に調べている。猫さんから見るとその岩はとてもしわくちゃで、色んな方向に何層もの筋が入っていて、まるで苦しみに身をよじっている生き物のように見えた。小野さんいわくその岩は、1億年前から存在しているそうだった。

猫さんは、その岩があまり好きになれず、見ていても退屈なので、さっさと大狐の探索に戻った。小野さんが浜に置いていたスマホの映像を見ると、画像が横になっていて、何を撮っているのかよくわからない。ちょくちょくチョビヒゲ猫の尻尾が映り込むので、冥界ドローンを持っているのはチョビヒゲ猫であることだけは特定できた。

しばらく見ていると、遠くに見慣れない生き物が映ったが、猫さんにはそれがなんの生き物なのかわからなかった。大きなトカゲのようであるが、ヘビではないようだった。そしてちょうどそこでドローンの映像は途切れてしまった。

猫さんは打ち寄せる波のしぶきを浴びながら、浜で途方に暮れる。こんなに遠くまで来たのに自分は何も見つけられない。小野さんは珍しい岩によじ登りながら、時折感嘆の声を上げる。猫さんは、時々小野さんの情熱を羨ましく思う。正直、白ヘビも夢に見た風景も、あまりにも漠然としていて、手がかりが無さすぎる。猫さんはいたたまれない気持ちになり、静かに小野さんのスマホをくわえて、波の来ない高台に登り、少しだけ爽やかな海風に吹かれることにした。

…なんて心地が良いのだろう…このところ狭い倉庫や会館のお留守番ばかりで、こんな雄大な景色を見ていなかったなぁ…猫さんはうっとりと眼下の海に目をやると、水面に浮かんだいくつかのトゲトゲが、スイスイとこちらへ向かっている。…サ、サメだろうかと猫さんは思ったが、水面下に見えるシルエットは明らかにサメではななく、水面のトゲトゲは左右に揺れながら、まるでヘビのように動いている。

猫さんは本能的に恐怖を感じ、急いで小野さんに知らせようとするも、いつの間にか潮が満ちていて、小野さんのいる珍しい岩へと続く岩場はすっかり海になっていた。夢中になって岩を調査していた小野さんは、すっかり四方を海に囲まれて、完全に岩から戻れなくなっていた。

猫さんは小野さんのスマホを持っていたが、どうしようも出来ず、冥界ドローンはチョビヒゲ猫が持っているし、猫さんは高台で右往左往する。潮はどんどん満ちてきて、岩の半分が水に浸かり始めた。小野さんは覚悟を決めて泳ごうとしたが、満ち潮で複雑に打ち寄せる波は、素人が泳げるような流れではなかった。

猫さんは単なる自分の思いつきで、迂闊に旅に出てしまったことを深く後悔する。自分があんなことを言わなければ、小野さんは今こんな目にあっていないのだ。そしてあろうことか、海の波などもろともせずにあのトゲトゲが、グングンと小野さんのいる岩へと向かっている。

トゲトゲが荒波と共に浅瀬に乗り上げた瞬間、背中まで裂けた真っ赤な口と鋭いキバ、全身が甲冑のような全貌が現れて、猫さんは卒倒しそうになった。

猫さんが思い切って海に飛び込もうと身構えると、小野さんは冷静に珍しい岩から恐ろしいトゲトゲの背中にヒョイと飛び乗った。

トゲトゲは暴れる様子もなく、荒波をスイスイとかき分け小野さんを浜まで運んだ。猫さんは身構えたまま困惑していたが、小野さんは恐ろしい生き物から浜に降りると、生き物と何か話している。

小野さんは、高台にいた猫さんに、こっちへおいでと手招きする。猫さんはさすがに恐ろしくて躊躇したが、小野さんがこの"ワニ"は怖くないよとジェスチャーした。恐る恐る小野さんのいる浜へ降りると、"ワニ"は突然大きく口を開けた。猫さんは反射的に猫生最大のシャーをするも、開いた口にどこからか鳥達が飛んできて、ワニのキバについた肉片をついばみ、歯のお掃除を始めた。


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