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『イワノキツネ』№5

チョビヒゲ猫が防災倉庫の横にある茂みに隠れて周囲の様子をうかがっていると、さっきまで遠い公園にいたおえらいさんが防災倉庫にやってきた。

「コーン!」

おえらいさんはガチャガチャとたてつけの悪い倉庫の鍵をガチャンと乱暴に開けると、倉庫の中で大きくひと鳴きした。チョビヒゲ猫と猫さんは顔を見合わせて、倉庫にダッシュした。

「この野郎!騙しやがったな!」

チョビヒゲ猫が大声で倉庫に突入すると、倉庫でちょうどアツアツお揚げを食べていた黄金のキツネはビックリしてその場で目を丸くする。

チョビヒゲ猫の後ろから倉庫を覗き込んだ猫さんは、棚にある豊富な備蓄食料を見ながら、悠然とお揚げを食べるキツネの姿に、やっぱりキツネにはお揚げが似合うなと妙に感心する。

食べ物を粗末にしない主義なのか、怒ったチョビヒゲ猫を前にしてもキツネはお揚げを食べ続け、しっかりと食べ終えると、ようやく口を開いた。

「私には帰るお家が無いのです」

チョビヒゲ猫は、それなら何も我々を騙さなくともそう言えばいいだろう!とイラつき毛を逆立てる。

「…そういうやり方しか出来なくて…」

長い間岩の中に幽閉されていれば無理もない…単にお腹が空いていたのだろうと猫さんはチョビヒゲ猫に打診するも、チョビヒゲ猫はずっと怒っている。とりあえずチョビヒゲ猫には奥のダンボールで爪を研いでもらうことにして、猫さんが代弁することにする。

「お家が無いのですか」

「はい」

「そんなに霊験あらたかなのに人間はあなたにお社を建ててはくれないのですか?」

「…私はかつて人間達を沢山困らせてきました…その酬いかと…」

「改心はされていますか?」

「…改心とは…」

「心を入れかえる事です」

「…いえ…特には…」

大体なんとなく状況を把握した猫さんは、例えばどういうお家に住んでみたいかを聞いてみる。

「…出来れば周りに同じキツネ族が沢山いて、この尻尾があっても干渉されないような程よい距離感で暮らせる広い敷地があったなら…」

猫さんは奥でダンボールをメタメタにしているチョビヒゲ猫に相談するも、チョビヒゲ猫はまだイラついている。

「私達の技術力と財力ではそういう世界の構築はむつかしいかと…」

キツネはガックリと全尻尾をバタバタと地面に落としてうなだれた。あまりの落胆ぶりに見兼ねた猫さんは、落ちている木の枝を交互に組んで、茂みの横に簡易的な小屋を作った。

「こんな事しか出来ないけど…」

猫さんは申し訳無さそうにキツネに小屋を進呈すると、キツネはこれ以上無いほどに喜んだ。

こうして引き続き防災倉庫の番を継続出来た2匹の猫は、安心して夕飯の支度を始めようとすると、キツネが騙したお詫びにと、沢山の尻尾で釣ったお魚を振る舞うと2匹を夕飯に招待した。

茂みからお魚の焼ける香ばしい匂いがするので、2匹がワクワクしてお呼ばれすると、そのお魚は猫さんが建てた小屋を焼いた炎で炙られており、見る限り猫さんの建てた小屋は良く燃えていた。2匹はありがたく振る舞われたお魚を頂戴した後、すっかり灰になった小屋をバケツで消火する。

キツネは初めて自分が他者に良いことが出来たと感動していた。さすがのチョビヒゲ猫も怒りはおさまり、猫さんはとても深く納得した。

…これがこの本数の尻尾を持つ存在が暮らす世界観なのだと…







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