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『イワノキツネ』第2部 №11

大狐が一足駆けると、そこは海の上だった。猫さんの猫生では見たこともない、とてつもなく大きな橋が海に架かっていて、波がゴウゴウと凄まじい渦を巻いている。

度重なる案内違いに、軽くヒビが入ってしまった悩みを聞く石は、猫さんの額の上で少ない力を振り絞り、次の候補地へと大狐を誘導する。小野さんは、渦を巻く波に大はしゃぎだったが、巻き込まれてはひとたまりもないと、大狐の背中にしっかりと掴まる。

チョビヒゲ猫は尋常ではない波の音が恐ろしく、早く目的地に連れて行ってくれと、海を見ないで大狐の尻尾にしがみつく。猫さんは尻尾の間から渦巻く波を見ているうちに、渦の中心に入りたい衝動にかられる。尻尾からふと手を放した瞬間、小野さんに首根っこを掴まれる。

「誘われるから気をつけるように」

猫さんはハッと正気に戻り、大狐の尻尾を掴み、額の石が落ちないようしっかりと抑える。チョビヒゲ猫が恐ろしさから、どら猫の様な声で叫ぶと、大狐はつまらなさそうにスウッと高度をあげる。とてつもない大きさだった橋はグングン小さくなり、渦巻く波の轟音も、潮の香りと涼やかな大気に変わり、太陽が近くなる。

一安心したチョビヒゲ猫は思わず大狐の尻尾を噛む。「ギャッ!」大狐は叫んだが、チョビヒゲ猫はとても怒っている。間を取り持つように、あれは"渦潮"というこの地域でしか見られない、珍しい自然現象だと小野さんが教えてくれた。猫さんはどうりで中に入ってみたくなるわけだと思ったが、率先して中に入る人間はいないと小野さんは苦笑いした。

大狐は高く高く舞い上がり、眼下の着地点を見極めて、すぐにとある海岸へと着地した。それはそれは有名な海岸で、悩みを聞く石のいちオシ、つまり猫さんの見た風景は絶対にココであると、大確信する場所にたどり着いた。大狐が下降する最中、小野さんは身を乗り出して、海岸に広がる奇岩の数々を眺める。

「実は僕も初めてなんだよ」

小野さんは大狐の背中から降りると、興奮した様子で海岸をキョロキョロする。チョビヒゲ猫は尻尾から降りるなり、海岸の陸地側にそびえる絶壁の、登れるだけ高い所へ一目散に走り出し、あっという間に波が来ない高台まで駆け上がる。丁度いい窪みを確保すると座り込み、そこから一同を見守ることを決め込む。猫さんは悩みを聞く石を額に抑えながら、石が自信を持って導く、海岸の海に突き刺さる、大きくて奇妙な奇岩を見る。

しばらくゆっくりと全景を眺めた猫さんは、ウンとうなずく。悩みを聞く石が喜んだのもつかの間、「これじゃない」猫さんは言い放った。

小野さんは猫さんを遠目に、点在する様々な奇岩を歩きながら、猫さんの反応を見て納得する。小野さんとしては、ここもなんとなく察しがついていた。それはともかく、この奇岩を見れるだけ見たいと、波打つ岩場を滑りながら歩いていると、岩場の影に大きな蟹の様な甲殻類が挟まっている。

近寄ってよく見ると、それは出かける前に小野さんが飛ばした冥界ドローンだった。潮漬けになったドローンはすっかり壊れていたが、スマホのアプリを立ち上げると、現在地と同じ場所で点滅した。ドローンの細部からしっかりと海水を抜き、試しにアクセスしてみると、断片的ではあるが、ドローンが撮影した映像が映し出された。

小野さんは感嘆の声を上げると、回収したドローンの水滴を丁寧にハンカチで拭きながら、手際よく動作確認の作業を始めた。


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